「初の女性弁護士」誕生が大きく報じられるも『虎に翼』寅子モデル・三淵嘉子自身は意外にも冷めていて…「法律の仕事に従事するかは何とも言えません」
◆嘉子の生涯を貫く重要な「哲学」 この時、多くの新聞記者が、弱い女性を救うために弁護士となったという物語で嘉子のことを捉えようとして質問を繰り返した、と嘉子は後に語っています。 しかし、自身が弁護士を志した動機は弱い女性を救うためではなく、(女性を含む)困っている「人間」の力になるためであったと、後に嘉子は振り返っています。 嘉子は女性であるという自覚よりもむしろ、人間であるという自覚の中で生きていて、これは、嘉子の生涯を貫く重要な「哲学」だったと言って良いでしょう。 ただ、試験に受かったばかりの嘉子の心に、そこまでの確かなイメージができあがっていたかはわかりません。 談話にある通り、「世の為、人の為、自己の最善を尽したい」という思いは強くあったでしょうが、それを後に語るほど心の中で整理できていたわけではないかもしれません。
◆女自身の手で護ることのできる日 また、弱い女性を救うためという意識よりは、女性の社会的地位を高めたいという意識が強かったであろうと想像できます。 嘉子は合格から数日後、「読売新聞」に寄せた文章「女と法律」の中で、「私が“女弁護士”になつたといふことは、私一個の小さな問題ですが、女が弁護士になれるといふ制度ができたことは、大きな問題です(中略)長い間『男の法律』で裁かれてゐた『弱い女』を『女だから』知らなかつた法的な無知を、女自身の手で護ることのできる日の近づいたことを皆様と共に喜びたいと思ひます」と書いています。 この言葉は、弱い女性を救うことが大事なのではなく、「弱い女」という決めつけを打ち破っていきたいという、嘉子の気持ちを示しているのではないでしょうか。 ※本稿は、『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
神野潔
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