「言語化の鬼」サッカー解説者の林陵平が東大サッカー部の監督をしてわかったこと
ケガをしたときこそ、ノートを書いた方がいい
チャンスでも、ピンチでも、ノートは効く。いいときは天狗にならずに謙虚になれる。悪いときは、以前ピンチを乗り越えた経験を思い出せる。ピンチのときは、成長するチャンスでもある。林さんは過去のノートをいつも身近に置いて、ことあるごとに読み返した。 林「サッカーって、技術戦術も大事だけれど、やっぱりメンタルのスポーツなんです。小さい頃からプロになるまで、成長していくなかでずっと順風満帆な人なんていないはず。試合に出られないとか、結果が出ないとか、いろいろある。そこを切り抜けるにはメンタルが重要です」 そのときの気持ちの揺れやあがいた時間を詳細に記録し続けたノートは、未来の自分へのプレゼントになる。その意味で、ケガをしたときこそノートを書いたほうがいいと言う。サッカーをしている小中学生の中には、サッカーノートを練習記録だととらえケガをすると書かない子がいると聞くがそれは違うようだ。 林「アスリートにとってケガはつきものです。どんな考えを持ってリハビリに臨んでいたとか書き残したほうがいい。それにケガ治療やリハビリ中は、落ち着いて自分を見つめられる時間でもあります。逆算して、練習に復帰したらこんなことに取り組もうとかイメージできます。もっといえば、自分が何年後に何をしているのか。5年後、10年後じゃ遠すぎるので、例えば1ヵ月後に何を目標にするとか、半年後はこうなりたいといったことを細かく設定して取り組むといいと思います」
東大サッカー部の監督を務めて得たもの
拙書『世界を獲るノート』には「目標ではなく企画書を持とう」という言説が登場する。なりたい自分になるために何をやるのか。どの順序でどの程度の時間とエネルギーを割くのか。目標を企画書と置き換えただけで、達成までのプロセスの解像度がぐっと上がる。 林「ノートにこうなりたいとかも書きましたね。もちろん書いたことって結構うまくいかないことのほうが多いんで、別に途中で修正していい。ただ、目標がないと成長できないでしょうね。自分が何に向かっているのかわからなくなります。こうなりたいというイメージを持ち、それをノートに書いておくと、どんなときでも『自分はここを目指しているから、ここに向かうために今苦しい時間なんだ』っていうのがわかります」 加えて、東大サッカー部監督を務めた3年間が、サッカーを体系的に理解する時間になった。 林「まず、僕自身が東大で監督を務めたことがきっかけで戦術的なことを学べました。選手時代はどちらかというと、その局面局面で足元の技術がうまいなとか、パスセンスがすごいなとか、そういう見方だったんです。それが、チーム戦術としてサッカーをとらえるようになったというか。見られるようになりました。観る視点が個人からチームというかグループに変わり、グループからその『構造』に変わったような感覚です」 東大の選手たちが使う言葉はすごく難しく、最初は驚いた。その彼らに適切に理解してもらえるよう、的確に言葉を選んで説明する必要があった。その努力が実を結び、抜きん出て戦術を伝えられる解説者のひとりになった。 林「東大の子たち、つまり頭のいい子たちに納得してもらうためには、言語化できないとダメなんです。彼らは理論から入りますから(笑)。ただ、理論はすごく重要です。稚拙な表現では逆に理解してもらえない。言葉をブラッシュアップする機会を与えてもらったと感謝しています」
島沢 優子(ジャーナリスト)