「異世界転生」に「溺愛」、マンガの“現実逃避”がメンタルに与える影響は? 心理カウンセラーが提言
■チートすぎる展開は現実逃避? 男性は“生き直し”、女性は“保守”を求めて…
「異世界転生」と「溺愛系」に共通するのが、何かを手に入れるための努力や人間関係の苦悩といったプロセスをすっ飛ばし、たちまちハイステイタスに至るチート展開だ。エンタメにも詳しい心理カウンセラーの浮世満理子氏は、これらのジャンルが好まれる背景に男性と女性それぞれが抱える現代の生きづらさを指摘する。 「どちらも現実逃避の願望が見て取れますが、そこにも性差はあります。特に男性は社会的枠組みに縛られがちで、就活に成功するか失敗するかで人生が決まってしまうという風潮も。さらに同窓会に行けば企業マウントが繰り広げられ、社会に出てから本当の仲間に出会える機会は極めて少ない。努力がしたくないわけではないと思うんですよ。異世界転生の主人公だって、転生先である種の努力はしていますから。しかし、現世では努力のチャンスすら与えられない。そのことに失望している男性は多いのではないでしょうか。転生という形での“生き直し”は、自分を認めてくれる仲間たちとともに本来生きたかった自分の姿を投影する、癒しや憧れになっているのだと思います」 一方、「溺愛系」需要の背景として浮世氏が指摘するのは、疲れ切った現代女性の姿だ。 「溺愛系コミックに見て取れるのは、『幸せな結婚をして家庭に収まる』といった保守的な価値観への憧れです。それも1つの生き方として尊重されるべきなのに、現代はすべての女性に社会活躍や経済的自立が求められる。さらに婚活も妊活も家事も子育ても…と、女性にのしかかるプレッシャーは重くなるばかり。女性が“受け身で生きられない”現代において、『溺愛系』は浸かっているだけで心地良い気分にしてくれる、ジャグジーのような存在になっているのではないでしょうか」 ■ハイスペ求められる現代に必要不可欠な現実逃避、コミックが“心の非常駐車帯”に ネガティブなイメージのある“現実逃避”というワードだが、浮世氏は「現代を生きるためには必要不可欠だ」という。 「誰もがハイスペを求められる現代社会は、あたかも高速道路のようです。のろのろ走っていると後ろから追突されたり、煽られたりと常に気を張っていなければならない。だけど高速道路にも非常駐車帯があります。エンストしたりガソリン切れを起こしたりする前に、一時的に路肩でリカバリーをする。そうした“心の非常駐車帯”のようなものを誰もが1つは持っておいたほうがいいと思います。電子コミックのメリットは、ゆるっと読めて、いい意味でパワーを使いすぎないところ。眠れぬ夜のお供にお酒や睡眠剤に頼るよりはずっと健全だと思いますね」 コミックはあくまでフィクション。どんなにのめり込んでも、(否が応でも)現実に引き戻される大人にはそれでいいだろう。だが、長らく未成年のLINE相談にあたってきた浮世氏が注意喚起するのは、子どもたちへの影響だ。 「近年子どもたちにとても影響を及ぼしたのではないかと思うのがコロナ下での学校イベントの中止と東京五輪の開催です。人生で一度の大切なイベント──運動会や文化祭、修学旅行を奪われた自分たちは『(アスリートとは違う)ザコキャラだ』という思いが拭えなくなっていると感じます」