不透明性を増すFRBの政策運営-方針の再調整
金融政策の課題
米国経済が拡大を続け、インフレも目標に向けて収斂しつつあることは、本来は、FRBにデュアルマンデートのトレードオフの少ない良好な政策環境をもたらす。しかし、先行きには物価上昇圧力をもたらしうる不確実性が多く、かつ対応の難しいものも多い。 FRBの選択肢としては、デュアルマンデートの中で雇用のウエイトを一時的に下げることが考えられる。FRBはコロナ前の歴史的に低位な失業率を前提に「長期」失業率を4.2%に設定し、パウエル議長も労働市場のこれ以上の軟化を望まないと主張している。 しかし、新政権が家計に焦点を置いた拡張財政を実施するのであれば、金融政策が支えなくても、家計の経済状況の悪化は回避しうる。FRBが雇用のウエイトを下げる結果として、過度な緩和バイアスに陥ることなく、物価上昇圧力への対応余地を増やすことに繋がるほか、次の景気後退に対する「のりしろ」を確保する点でも意味を持つ。 より長い目で見れば、FRBにとって厄介な問題は、新政権の拡張的な財政政策によって金融環境が一層緩和的になり、本来は金融引締めの際に生ずる企業や家計の調整が不十分なまま維持され、次の景気後退で一気に調整が生じる恐れではないか。 筆者も、大統領選挙以前からこうしたリスクに関する米国内での議論に注目していたが、今やより真剣な検討が必要になった可能性がある。例えば、金融市場が拡張財政に長期金利の顕著な上昇で反応した場合には、リスク顕在化のトリガーになりうる。 この点を踏まえても、FRBにとっては、現在の利下げ継続方針を再びcalibrateすることの合理性が高まってきたように感じられる。 井上哲也(野村総合研究所 金融デジタルビジネスリサーチ部 チーフシニア研究員) --- この記事は、NRIウェブサイトの【井上哲也のReview on Central Banking】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
井上 哲也