デフレ脱却、SNS規制… NHK大河「べらぼう」が100倍楽しめる現代的視点
経済に左右される文化状況
このようにあらたな発想によって経済が活性化すれば、文化面でもあらたな発想が喚起される。そもそも商人たちが利益を得て、その金が町に流れれば、文化はおのずと盛んになり、質も底上げされる。その最前線に立ったのが、『べらぼう』の主人公の蔦屋重三郎だった。 当時、木版による印刷技術が発展し、以前は高価だった紙の価格もかなり下がっていたのを背景に、時代の風を読んで、従来の慣例にとらわれない斬新で柔軟な構想と、それを形にする計画性と実行力で、出版界をリードしていった。 吉原の情報を1冊に盛り込んで、広告機能までもたせたガイドブック「吉原細見」にはじまり、大人向けの絵物語の「黄表紙」、吉原など遊里での言動を描いた「洒落本」などで、新機軸を次々と打ち出した。流行の狂歌についても、それまで読みっぱなしだった歌をまとめて「狂歌本」として出版。浮世絵の刊行にも力を入れたが、これは現代のYouTubeやインスタグラムにも相当するビジュアルの最先端だった。 そして、太田南畝、恋川春町、山東京伝、曲亭馬琴といった作家から、喜多川歌麿、東洲斎写楽といった画家まで、重三郎のおかげで活躍できたといっていい文化人が、いかに多かったことか。
いまの政治、経済、社会と比較する意味
ところが、田沼意次が失脚して、将軍吉宗の孫にあたる松平定信が、緊縮財政を推し進め質素倹約を奨励すると、こうした文化はどんどん萎んでしまった。そもそも出版そのものが標的になって規制された。いわく、異説は唱えてはいけない、好色本は絶版にせよ、書物には作者と版元を明記せよ、将軍家のことは書いてはならない……。厳しい検閲も義務づけられ、重三郎も弾圧の対象となる。 最近、SNSで流される真偽不明の情報が選挙に影響をあたえることが重なり、SNSに対して法規制をすることも検討されている。日本経済新聞社とテレビ東京による世論調査では、こうした状況を受け、法規制を「容認する」と回答した人が全体の4割を占めたという。 実際、先の兵庫県知事選で起きたことなどを考えると、一定程度の規制は必要かもしれない。だが、私たちが長い歴史を重ねた末に勝ちとった言論の自由を、みずから手放すことにもつながりかねないので、規制のあり方には慎重を期す必要がある。 蔦屋重三郎が活躍した当時の自由な気風と、それを支えた社会と経済はどのようにして形成されたのか。その後の規制の強化は、なにをどう変えてしまったのか。それは私たちがデフレを脱却するうえでも、どのようにして自由を維持しながら社会の秩序を保っていけばいいのかを考えるうえでも、きっと参考になる。そんな視点をもつと、『べらぼう』を視聴する楽しみは倍増するはずである。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部
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