画材は雨と顔料。自然をキャンバスに写し込むアーティスト、サム・フォールズが語る制作の喜び
小山登美夫ギャラリー六本木で、3月9日(土)までサム・フォールズの個展が開催されている。雨や植物などの染料を用い、キャンバスに幻想的なイメージを生み出す作家に話を聞いた。 【写真を見る】作品をチェック!
「雨や大気の水分と植物を用いて制作を始めたのは、7~8年前ぐらいだったと思うのですが、それ以前から屋外で、その土地の象徴的なものを布地の上に置いて日光に当て、画面に写し出す方法で制作していました」と、作品制作の経緯についてサム・フォールズは話し始める。その背景にあるのは、学生時代に学んだ写真。印画紙に直接光を当て、その上に置いたもののシルエットを画面に浮かび上がらせる最初期の写真技法、フォトグラムに由来する。 「当時目標としていたのは、カメラはもちろん、プリンターや現像に必要な化学的な感光材なども用いず、写真の哲学をベースとした表現方法を確立することでした。つまり、時間、光、環境という3つの要素を組み合わせた表現を模索したのです。また、写真は一般的にいわゆる“ファインアート”と分けて扱われることの多いメディアなので、彫刻や絵画に近づけたいとも考えたのです」 当時拠点としていたロサンゼルスでは、車社会を象徴する自動車のタイヤを用いて円を描き、実寸大のタイヤで都市の特性を示すと同時に、ミニマリズムや近代絵画に見られる抽象的なイメージとしての完全な円という、二重の意図を表現に込めた制作を行った。制作を続けながら自然環境へと興味が広がり、美術史における自然の描写、ロバート・スミッソンらが実践したランドアートにもインスパイアされた。しかしかつてのランドアートをなぞるのではなく、「大規模に環境をコントロールする男性的なものというよりも、自然とのコラボレーションから生まれる表現」を目指した。 「アメリカには、急速なスピードで土地を開拓して都市を築き上げてきた歴史があります。環境破壊と都市開発が分け難く結びついています。私はより現代的に、たとえばキャンプをしていかなる痕跡も残さずに帰るような感覚で環境と関われないかと考え、その土地を表す植物をモチーフに表現を行うようになりました。絹の生地に染織して絵を描くアーティストである母にヒントをもらい、染色顔料を使用して植物のシルエットを布に定着させ、絵を描く方法にたどり着いたのです」 雨の降る日に屋外にキャンバスを置き、たとえばヤシの葉をその上に置いて顔料を載せると、雨水と時間との作用によって、乾いたあとの画面にヤシの葉のシルエットが浮かび上がる。顔料の組み合わせやレイアウトによって、イメージはいかようにも変化する。各地の国立公園を目指して旅しながら制作を行うようになると、植生によって図柄は変わる。屋外に置いたキャンバスを環境によっては数日、数週間、あるいわ数年単位で外に出したままにするので、土地の雨量や風によって制作は左右される。現在は、ニューヨーク郊外の広大な土地にアトリエを構え、土地の野生の植物や、環境に適した自ら育てた植物を材料に制作を続けている。 「私が目指すのは、水と植物がインタラクションを起こすことです。そのためには、抑えた色数で、部分的に色のコントラストを加えると、色が混ざり合う場所に水の動きが感じられます。そして、植物をキャンバスに固定することはしません。そうすれば、風が吹いたあとの植物の動きの痕跡が、顔料の動きとなって画面に定着します。環境から受ける印象を顔料の色選びに反映させることもありますし、作品には私と環境とのインタラクションも反映されます」 平面作品と並行して、フォールズは陶土を用いた作品も手がけている。枯れる前の花をカメラで撮影し、枯れたあとのその花を摘み、その写真を額装するように成形した陶板に押し当てて焼き付けることで、その植物の姿を陶に刻印する。植物の儚さと自然のサイクルが感じられるように、表現方法を変えながらも時間と自然環境の移ろい、循環といったものが作家にとって大きなテーマとなっている。 「写真を始めたころから現在も変わらず、暗室で現像したネガを印画紙に当てて感光させ、現像液に浸して一定の時間が経つと、白い画面に写したものが浮かび上がってくることに感動しますし、興奮を覚えます。それと同じように、キャンバス作品であれば、植物と水と顔料が作用し合うまでに時間がかかり、太陽の動きや雨によって予想のつかない画面が浮かび上がってきますし、陶の作品であれば、やはり窯を開けるまでどのような仕上がりになっているかはわからない。いずれに場合も運が左右しますが、自然が対象ですからそこには毎回驚きがありますし、それによってまた次の制作へと駆り立てられるのです」 フォールズの作品に囲まれ、画面を眺め続けていると、そこには自然の移ろいが感じられ、森の景色が脳裏に浮かび上がってきて作品のイメージとシンクロするような瞬間が生まれる。移ろう自然が重要なテーマであり、それを受け入れて作品にして伝える姿勢が、そうした感覚を鑑賞者にもたらすのだろう。フォールズは最後に、アーティストとしての喜びについてこう語る。 「制作を始めたころは、自由に色々と試すことを楽しんでいましたが、長く続けていると、少しずつ実験を重ねながら、自分の制作を発展させることに喜びを感じるようになります。さまざまな植物を用いて、天気の移ろいを感じながら制作を続けるなかで、新たなメソッドと出会えたように感じられる瞬間があるんです。創作の可能性を少しでも広げられたと実感する瞬間があると、次へと進む新たな動機が生まれる。そのサイクルを繰り返し、継続することがアーティストとしての目標かもしれません」 ■『サム・フォールズ』 場所:小山登美夫ギャラリー六本木(東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F) 会期:~2024年3月9日(土) 開廊時間:11:00~19:00 休廊日:日・月・祝 http://tomiokoyamagallery.com/ ■サム・フォールズ アーティスト 1984年生まれ。アメリカ・バーモント州で育ち、リード大学で物理学、言語学、哲学などを学んだのち、2010年にICPバード芸術研究課程を修了。現在はニューヨーク市内およびハドソンバレーを拠点に制作活動を行う。クリーブランド現代美術館(アメリカ)、トレント・ロヴェレート近現代美術館(イタリア)など各地の美術館で個展を開催し、国際美術展にも参加。国内では、2022年に虎ノ門ヒルズの車寄せに陶板作品が設置され、2023年には森美術館で開催された『ワールドクラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会』に出展した。
写真と文・中島良平 編集・岩田桂視(GQ)