採用人材は胃袋で掴め!「スズキ×インド人×結婚式場」のブルーオーシャン事業
「ベジタリアンが困っている。何とかしてほしい」
伊達に相談を持ちかけたのが、街食堂で知り合ったスズキ(株)の石井直己副社長だった。現在スズキでは従業員や出張者、研修生など多くのインド人が働いている。同社とインドの関係は1982年から始まり、現地ではおよそ42%と、日本メーカーのスズキが圧倒的なシェアを誇る。「インドの人々に対して、我々は何ができるだろうかと常に考え続け、40年という月日をかけてインドとの信頼関係を構築してきた結果」と石井は語る。インド人は、給与を求めるならアメリカへ向かう。彼らは日本の文化へのリスペクトとスズキとのエンゲージメントから日本で働くことを選択している。そんな彼らのためにも、「ここで働く楽しさや喜びを見出してほしい」。石井は常に彼らの思いに寄り添ってきたという。インド人従業員にとって、働くためのモチベーションとなるのは日々の食事だ。社員食堂でベジタリアン向きのインド料理の提供はあるものの、本場の味を再現することは難しい。何とかしたいと思っていた石井が伊達に声をかけたのだ。 本場の味を再現するためには、多くのスパイスを使い、2時間以上煮込む必要がある。ロットが少ない割にコストも手間もかかるため、スズキのみならず、国内の社員食堂でも敬遠されてきた。このブルーオーシャンに可能性を見出したのが伊達だった。 「日本は人口が減少する中、外国人に頼らざるを得ない未来が確実にやってきます。現在は170万人ほどの外国人労働者が、2040年には674万人になると見込まれています。その際、日本企業が考えるべきことは、サラリーだけでなく職場環境。特に食環境が重要になることは間違いありません」(伊達) およそ1.3兆円を超える社員食堂の市場規模でも、ベジタリアンをはじめとしたマイノリティ嗜好に対応する運営会社は少ない。そこで、社員食堂の運営会社に向けて、伊達は新たにto Bの「ベジミール事業」を立ち上げた。鍵となったのは、同社が持つ結婚式場の厨房だ。結婚式は通常週末に行われる。つまり平日の厨房は遊休状態。これを活用し、大量生産によりコストを下げることが可能となる。具体的には月、火はインド料理を作り、ロットに分けて真空包装を行い冷凍保存まで行う。木、金はブライダル用のフランス料理を作るという。現在は同社が持つ2カ所の結婚式場のうち1カ所でベジミールを製造し、キャパが超えたら他の結婚式場に製造委託していくつもりだ。結婚式の施行が減少している同業界にとっても、新たな事業展開の起爆剤となれたらと伊達は考える。 「ぜひ協力させて欲しい」と2023年7月に、スズキとの協業プロジェクト「ベジミール事業」が立ち上がった。フィジビリティに関しては味の実現、社員食堂側の負荷、コストなどをクリアしなければならない課題は多かった。伊達はインド料理の専門家の指導を受けながら、食材のセレクトと製造コストの削減、オペレーションのシンプル化など2カ月間試行錯誤した末に試作品を完成させた。その後スズキの社内で試食会を繰り返し、味の改良も重ねてきた。最大の課題は、インドは国土が広く地方によって味が異なるということだ。 「日本人は誰もがだしの味が好きであるように、インド全体の味の中心点を探り、そこを軸にメニューのバリエーションを広げています。25種類ほどのメニューを用意し、様々なエリアの出身者に試食してもらいましたが、ほとんどすべての人から高い評価をもらい、1日も早く導入してほしいという感想も多くありました。“母親の味”と言ってもらえたことは、美味しい以上の褒め言葉でしたね。これこそが私がやりたかったこと。スズキがイコールパートナーとなってくれたから実現できたことです。先行導入したスズキでは、現在毎日120食ほどのベジミールが出るうち、半分は日本人が注文しています。ベジタリアン料理でグルテンフリーという点が、今の日本人の好みにも合致したようです。これまでもレストランのお客様から『ごちそうさま』と言われることは嬉しいのですが、インド人からも日本人からも『本当にありがとう』と感謝されることに、さらの大きな喜びを感じています」(伊達)