ハイパーインフレを恐れるドイツが墨守する「債務ブレーキ」の憂鬱、インフラ投資もままならず
■ ドイツを悩ます債務ブレーキの存在 ドイツは過去にハイパーインフレに苦しんだ歴史から、伝統的に均衡財政を重視する。この観点から、2009年の憲法改正の際に、債務ブレーキ(Schuldenbremse)の規定を設けた。 この規定により、ドイツ政府は、景気後退といった非常時でもない限りは、年間の赤字国債発行額を名目GDPの0.35%にまで抑制しなければならなくなった。 2023年11月、ドイツ憲法裁がショルツ政権による財政運営が違憲であるとの判断を示したことは記憶に新しい。これは同政権が、コロナショック時の緊急予算を環境対策のための予算に転用したことが違憲とされたものだ。 政治が債務ブレーキを迂回しようとしても、司法が歯止めをかけるドイツ流のチェック体制の硬強さが見て取れる。 チェック体制が硬強であることは大いに結構なことだが、そろそろルール自体を見直すべきなのではないかというのが、IMFの提言のポイントだ。ドイツでも今後、戦後のベビーブーマー世代のリタイアが急速に進み、それに伴う歳出は増えざるを得ない。それに国防費も増やさざるを得ないし、インフラ投資も増やす必要がある。 色々と歳出を増やさざるを得ない一方で、それを税収だけで賄うことは現実的に難しい。EUが定める財政ルール(単年度財政赤字を名目GDPの3%以内)もある中で、その範囲内であるなら債務ブレーキの上限を引き上げることのほうがドイツの経済運営にとってプラスになるだろうと、IMFはドイツに対して勧告を行ったのだ。 【関連記事】 ◎GDPで日本を抜いたドイツで吹き荒れるリストラの嵐、ドイツ経済で何が起きているのか? (JBpress) ◎GDPで日本を抜いたドイツで浮上し始めたEU離脱の現実味(JBpress)
■ 長期を見据えたIMFと短期にこだわるドイツ財務省 一方、ドイツ財務省はIMFによる勧告に反駁(はんばく)している。せっかく落ち着いてきたインフレを刺激することはできないというのがその理由だ。 現在、財務大臣のポストは、ドイツの主要政党の中で最も財政健全派として知られる自由民主党(FDP)のクリスティアン・リントナー党首が担っている。もちろんFDPは、債務ブレーキの順守を支持している。 確かに短期的な観点から見れば、FDPが主張するように公共投資の増加はインフレを刺激する。一方で、長期的な観点に立つならば、公共投資を増やさなければ、将来的には供給が圧迫されることになる。 道路、橋梁、鉄道、上下水道管やパイプラインなど、あらゆるインフラには耐久年数がある。長期を見据えるなら、IMFの勧告に利がある。 インフレとは超過需要であり過少供給を反映した現象である。そのインフレを安定させるためには、需要を抑制するのみならず、供給を底上げするか、その両方が必要となる。 現にインフラの老朽化は、供給のボトルネックになるため、インフレ圧力になる。長期的な観点から物価の安定を見据えるなら、ドイツも公共投資を増やすべきだろう。 IMFはEUに配慮し、グリーン化投資やデジタル化投資も重要であるとしているが、財源が限定的であるなら、これらの投資も本来なら見直されるべきだろう。特にグリーン化投資に関しては、脱炭素化には適ったとしても、供給の底上げに適うものであるかは疑わしい。この点に関しては、もっと冷静な議論が望まれるところである。