実りの秋、棚田で汗 オーナー制度活用、松崎・菊川で農作業体験
山の斜面に階段状の水田が並ぶ棚田。かつて山あいの農村部では、日常の風景だったが、今ではなかなか見られない。美しい里山の風景を守ろうと、静岡県内には都市部から農業体験の希望者を募る「棚田オーナー制度」を採用する地域もある。「大空の下で気軽に農作業が体験できる」と、アウトドア活動の感覚で参加するオーナーも多い。5月の田植えから夏を越え、いよいよ稲刈りの時季を迎えた、松崎町と菊川市の棚田を訪ねた。
10月初旬。明け方から降り続いた雨がやみ、晴れ間が見え始めた午後1時ごろ、駿河湾を一望できる松崎町石部[いしぶ]の棚田で恒例の「収穫祭」が始まった。県内外からオーナーやボランティアら約370人が集まり、黄金色に実った稲を鎌で丁寧に刈り取った。 立っているだけでじわりと汗が垂れてくる湿気と暑さの中でも、棚田は参加者の笑顔と活気であふれた。親子連れが多く、田んぼの中で遊ぶ子どもたちは泥だらけ。静岡市清水区の三ツ井仁さん(50)は、小学2年生の光さん(7)と花ちゃん(3)を連れて毎年参加している。光さんは「カエルやカニがたくさんいて楽しい。来年は友達も誘って来たい」と笑顔を見せた。 参加者同士や地域住民との交流も魅力の一つ。掛川市の小林亮さん(45)、万浦[まほ]さん夫妻は2018年、棚田でそれぞれオーナー、ボランティアとして活動中に出会い結婚。今年も2人で参加した。亮さんは「棚田を通じて、出会えた人がたくさんいる。棚田は人生そのもの」と語る。
神奈川県小田原市からオーナーである友人の手伝いで参加した大沢弘さん(43)は「大勢で一緒に汗を流すのは気持ちがいい。10年ぶりに来たが景色が変わっていなくてよかった」と眼下の海を眺めた。刈った稲はその場で天日干しにして、地元住民らでつくる石部棚田保存会が脱穀、精米し、年末までに各オーナーの元へ届ける。 菊川市倉沢の千框[せんがまち]棚田では10月末に稲刈りが行われる予定。実るまでの期間、オーナーは春のあぜ作りから始まり、5月の田植え、夏の草刈りまで、季節の移ろいを感じながら作業に励んできた。地元のNPO法人せんがまち棚田倶楽部や静岡大棚田研究会が稲作初心者のオーナーにも農作業を丁寧に教えている。 千框棚田も市外から参加するオーナーが多く、同市出身の松下佳広さん(45)=横浜市神奈川区=もその1人。家族と参加し、オーナー歴は5年になる。出身地域と千框棚田は離れていたため、社会人になるまで存在を知らず、田植えの経験もなかったという。仕事はまちづくりのコンサルタント。毎年田植えや稲刈りが数百人規模でにぎわう様子に「これだけ人が来るのはすごいこと。地域振興の良い事例で学びになる。今後も応援していきたい」と話した。