まるで海の珍獣図鑑! 16世紀の地図「カルタ・マリナ」とは、奇妙な怪物たちが勢ぞろい
マグヌスと地図
マグヌスの地図は非常に大きい。オリジナルの地図は125×170センチの大きさがあり、北欧の姿が、いびつながらも詳しく描かれている。地図の中には、現在のデンマーク、エストニア、フィンランド、アイスランド、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、スウェーデン、そして英諸島の最北部が含まれている。 1490年にスウェーデンで生まれたマグヌスは、恵まれた環境で育ち、ドイツの大学に通った。宗教改革の影響によって移り住んだイタリアの地で、彼はカルタ・マリナを生み出した。亡命中でありながら大司教に任命されたマグヌスは、12年間を費やして地図の製作に取り組み、その成果は1539年にようやく出版された。 カルタ・マリナは、彼の経歴や教育と無関係ではなかった。マグヌスが描いた怪物の中には、旧約聖書を参考にしているものもある。たとえばオオウミヘビは、詩篇、ヨブ記、イザヤ書に登場するレビヤタン(リバイアサン)と呼ばれる海の大怪物に基づいている。作家スーザン・ケーシー氏は著書『The Underworld: Journeys to the Depths of the Oceans(地下世界: 海の深みへの旅)』の中で、マグヌスは教会の教えというレンズを通して地図を作っていたと書いている。 地図が作られたタイミングも完璧だった、とケーシー氏は指摘する。当時、大航海時代を迎えていたヨーロッパでは、印刷物の拡大とともに空想的なアイデアが大衆の間に広まって、さらに熱狂的な需要が生み出された。 印刷機の発明から1世紀が経過していたが、文字を読めるヨーロッパ人はまだほんの一握りだった。マグヌスの地図を見るうえでは、文字を読む力は必要とされず、聖書や口承伝説に登場する人々に馴染みがあっただろう怪物たちの姿が描かれていた。 カルタ・マリナの海の怪物たちは、ルネサンス期のほかの地図の怪物たちと違い、単に地図を彩る装飾として描かれていたわけではない。バン・ドゥーザー氏によると、これには危険な海域にいる恐ろしい怪物に対する警告の意味が含まれていたという。こうした怪物たちの姿は、海を旅する危険について、当時の人々が抱いていた強い不安を反映したものでもあった。 そうした不安には、根拠がないわけではなかった。スティーブン・R. バウン氏は著書『壊血病: 医学の謎に挑んだ男たち』(国書刊行会)の中で、1500年代の長距離航海における死亡率は、壊血病だけで50%にのぼったと書いている。事故、溺死、感染症によって、海に出た人たちの多くが海に葬られた。海というのは危険な場所であり、マグヌスの地図には、未知への恐れと、それを手なずけようとする願望の両方が反映されていた。