「放火魔消防士」との声も...解散ギャンブルに踏み切ったマクロンの真意とは?
再びの「コアビタシオン」
97年のジャック・シラクは大統領就任2年目に解散総選挙に打って出て国民を驚かせた。彼は「もう一度、国民の声を聞きたい」と言い、中道右派の議席の上積みを狙った。 しかし国民の声は左派を支持し、社会党のリオネル・ジョスパンが首相となり、シラクは彼と権力を分け合うことになった。いわゆるコアビタシオン(同棲、大統領と首相を異なる党が分け合う状態)である。 アメリカの民主党が何かの魔法に期待し、有権者は今度も消去法でジョー・バイデンを選ぶだろうと信じているように、マクロン陣営も総選挙の投票(1回目は6月30日、決選投票は7月7日)では与党が勝つと思い込んでいる。 マクロン自身、今度の投票は国民が「責任を果たす」機会だと述べている。与党・再生の副代表セシル・リアックに言わせれば、マクロンが投げかけた問いはただ1つ、「あなた方は本当に国民連合による統治を望むのか?」だ。 リアックの言葉には一理ありそうだ。そもそも欧州議会の選挙は、有権者が特定の候補を選ぶというより、世の中への不満を表明する機会となっている。 政治学者のノンナ・メイヤーに言わせれば、欧州議会選は政治家に警告を突き付ける「制裁投票」のようなものだ。 しかも欧州議会選の投票率は国政選挙に比べて格段に低い。フランスに限れば、6月9日の欧州議会選で投票したのは有権者の半数ほどだ。だから統計的にも、あれが今度の総選挙の結果に直結するとは言い難い。 しかし、もしもフランス国民が国民連合による統治を「本当に望んで」いたらどうなるか。その場合も、権力の掌握が国民連合にとって有利か不利かは微妙な問題だ。 マクロン自身、国民連合が議会を制するケースを想定して、コアビタシオンの再現に備えているかもしれない。
パリ五輪はどうなる
81年の大統領選では左派のフランソワ・ミッテランが勝利して大統領に就任したが、86年の総選挙では保守派が勝ってシラクが首相となった。これがコアビタシオンの始まりだ。 左派のミッテランと中道右派のシラクは政策面でたびたび衝突した。シラクの政策には、フランス国内で生まれた移民の子への自動的国籍付与の廃止や、公立大学の試験を難しくし学費を上げる計画も含まれていた。 これに反発する学生たちは各地で街頭に繰り出して激しい抗議活動を繰り広げたが、このときミッテランは学生たちへの支持を表明。法案撤回を余儀なくされたシラクは人気を失い、88年の大統領選では71歳のミッテランに大敗を喫したのだった。 だが、それは昔の話。今のマクロンは往年のミッテランではない。今のマクロンは、かつて彼を支えた中道左派の有権者から見放されている。 実際、5月の世論調査によれば、欧州議会選で「投票に行く」と答えた有権者の70%近くが、その理由としてマクロンへの反発を挙げていた。 マクロンはかつて、自分をローマ神話のジュピターになぞらえたことがある。 そういう独裁的な体質の持ち主に逆風が強まるのは当然で、今度の総選挙で国民連合が第1党となっても驚くには当たらない。それはまあ、マクロンの身から出たさびだ。 いずれにせよ、パリで夏季オリンピックが始まる頃には結果が出ている。 フランスの共和制と人道主義を体現する存在として世界中のアスリートを迎えるマクロン大統領の隣には、移民嫌いで極右の若武者バルデラが立っているかもしれない。さて、どうなることやら。 From Foreign Policy Magazine
ロバート・ザレツキー(米ヒューストン大学教授〔歴史学〕)