徹底検証 台湾・ひまわり運動はなぜ社会運動となったのか
「中国国内の賃金も急速に上昇している。だが、台湾の輸出依存度が急激に下がることはないだろう。台湾企業にとって中国への進出は言語をはじめとしたアドバンテージがある。サポーティングインダストリーの観点からも好ましい。部品供給基地としての台湾と、組み立て工場の中国という分業体制は今後も続くだろう。中国への工場移転は台湾にかぎった話ではない。だが、中国と台湾のロジックが経済を政治的な問題にした。台湾世論には、大企業の経営者が中国との関係を深めれば、台湾政府が中国に妥協的になるという危惧がある」(前出・アジア経済研究所・佐藤氏) 馬英九政権になってから、中国資本による台湾への投資がはじめて可能になった。サービス貿易協定は中台の経済関係を一層深めるものだった。だが、統一の意志を明確にする中国側の姿勢を考えれば、台湾世論が中国との経済関係の緊密化を危惧するのもうなずける。
馬英九政権の焦り
「ひまわり運動」では、「反服貿(=サービス協定反対)」と並び「反黒箱(=反密室政治)」というスローガンが掲げられた。馬政権が業界団体の同意を得ずに独断でサービス貿易協定を締結をしたことから、密室政治との批判が出ていた。立法院周辺にいた大学院生(28)が「馬総統は、自分の価値観を強引に押しつけている」と話すなど、学生たちの間にも馬英九政権に対する不満は高まっていた。台湾政治に詳しい東京外国語大学の小笠原欣幸准教授は馬英九政権のこの一年の動きに注目する。 「馬英九政権は一期目で中国からの観光客の増大という成果をあげたが、中国との統一につながる政治協議には応じないという姿勢は堅持していた。しかし、最近になって馬習会談の実現や、APEC出席などの歴史的功績を希望するようになり、中国側へ歩み寄りを見せていた。馬英九総統は2013年11月、香港誌『亞洲週刊』でAPEC出席の意向を表明した。だが、APEC出席には中国側の了解が必要だ」 小笠原欣幸准教授はこう述べ、馬英九政権がこの一年間で中国の習近平政権との駆け引きに前のめりになったと指摘した。台湾の総統は憲法上の規定で三選ができない。低支持率のまま任期を終えれば厳しい歴史的評価を受けざるを得ない。馬英九総統は、中台関係で大きな実績を上げて形成を逆転したいという焦りがみえた。 「中国側も前向きな姿勢だった。中台の初の担当閣僚会談の場を設けていた。中国の最高指導者・習近平も中台間の問題は次の世代(=次の政権)に先送りできないと発言した。だが、台湾世論はこうした中台の政権の動きに不信を深めた。馬英九総統がAPEC出席のための『おみやげ』として、中台関係の見直しを迫られるのではないかという疑念が広がった」(前出・小笠原准教授) 馬政権の支持率は10数%を推移していた。昨年9月には王金平立法院長との政争にも敗れた。国内の支持基盤が揺らいでいる馬英九総統は、中国側へ多大な「譲歩」を強いられる可能性があった。馬総統は国益を犠牲にし、自身の功績に走るのではないかという不安が台湾世論を覆った。