パリ五輪で誤審が騒動に。「AI審判」の導入を進めるには?スポーツAI研究者の藤井慶輔に聞く
「もしも別のプレーを選択していたら」を予測する技術も。スポーツにおけるAI導入の未来
─今後のAI審判や、スポーツにおけるAI技術の導入について、どのような展望や期待がありますか? 藤井:将来、AIが評価を行なって選手がそれを受け入れるような状況になった場合に、新しい問題が起きはじめるかもしれません。例えば、先ほど紹介した自動採点や接触ファールの自動判定を行なう場合に、明らかにAIが変な判定をしたとき、人間がそれを検証して、間違いであると判断できる仕組みを整えることが必要かもしれません。 また、先ほどのAIの透明性、つまりアルゴリズムや学習データに関する情報を開示することがこれまで以上に重要になってくるかもしれません。 現状は動きの計測にAIを使うことが多いので、その透明性は内部的には議論していると思いますが、重要な論点はそこまでないため、議論になることはまだ少ないと思います。 個人的には、その将来的な変化は望ましいものだと考えています。なぜなら、先ほどお話ししたように、人間の審判の不得意な部分や、経験に基づくバイアスや個人差に関する問題を解決できる可能性があり、公平性や透明性が高まることが期待できるからです。
AIの発展で、審判や指導者が少ない地域でも、公平にスポーツが楽しめるかもしれない
藤井:また、時間や場所を選ばないことで、人間の審判が少ない(あるいは、指導者など経験のある方が少ない)地域においても、公平にスポーツが楽しめるということもあるかもしれません。透明性や説明性の高いAI審判であれば、その利用によってルールをより深く理解できるということもあると思います。 AI審判に限らず、スポーツAI技術という広い観点からは、良いプレー、最善のプレーなどより挑戦的な動きの評価や、より多くの人に使ってもらうための計測技術の簡易化や正確性の向上が期待されます。 前者の動きの評価について、AI審判は「正解のある判定を再現する」ことに注力できるのですが、良いプレーの評価はいくつもの正解があり、創造的な性質も含んでいます。スポーツを行なう選手は、上手くなりたい、相手に勝ちたい、と思ってプレーしていますが、それを実現するために適切に評価したり助言してくれるコーチや指導者は限られています。 スポーツは得点や勝敗などの結果がわかりやすいので、「得点できたら良いプレー」のように結果論に陥りやすく、ボールスポーツだとボールを持っている選手以外は評価されにくいですが、「別のプレーを選択していたらこんな結果だった可能性がある」という予測技術や、「ボールを持っていない全選手を評価する」技術など、私たちはより公平性を高めた評価技術について研究しています。 後者の計測技術について、現状は多くのカメラやセンシング技術を用いた導入コストが高いものになっているため、資金が十分ある特定の大きい大会やリーグ、スポーツに限定されているというのが大きな課題です。 技術的には多くのカメラを使えれば遮蔽の問題がなくなるため、より正確に動きを推定できますが、規模の小さな大会やスポーツで利用するためには、少ないカメラ、究極的には1台のスマートフォンカメラで撮影して分析できればより多くの人が使えるようになるはずです。 また、一般の画像処理や自然言語処理の分野と異なり、AIに学習させるためのスポーツのデータセットは、一般に公開されない傾向にあります。スポーツは競技ごとに特化した複雑で素早い動きを行なうため、動画アノテーションデータセットを公開することで、多くの人がAIをつくることができるような活動も私たちは行なっています。 例えば、こちらのようなサッカー、バスケ、ハンドボールの選手とボールの位置と映像を含む世界最大のデータセットや、フィギュアスケートの3D姿勢データセットなどを最近公開しました。これらを使ってスポーツAIをつくれる人たちが増え、日本のスポーツがますます強くなることを願っています。 藤井:最近は生成AIが自然言語や画像などで一般の方にも簡単に利用できているようになっていますが、スポーツに関してもそのように多くの人が利用できる未来を期待しています。私たちはより公平で明確な基準に基づき、スポーツの見方を変え、スポーツファンが楽しめ、チームや選手が強くなる手助けになるような技術を開発したいと考えています。 この分野はまだまだ研究者が少なく、技術的にも未開拓で、今後も新しい技術が多く生まれる分野だと思いますので、ぜひ引き続きフォローしていただけたらと思います。
インタビュー・テキスト by 廣田一馬 / インタビュー・テキスト by 生田綾