「安全で安心な国」実現へ石破茂首相に求められる「変節」 政治部官邸キャップ 千葉倫之
石破茂首相は安倍晋三元首相のライバルとして知られ、この10年近くを「冷や飯」で過ごしてきた。自民党総裁選での劇的勝利を経て発足した新政権からは、旧安倍派や保守系のカラーがほぼ一掃され、まさに党内での「疑似政権交代」という感がある。 【写真】石破茂氏が学生時代に一目惚れした美人妻の佳子さん しかし、政権の前途は多難というほかない。首相の党内基盤は脆弱そのもので、人事でも挙党態勢が築けたとはいいがたい。安全保障環境がますます厳しさを増す中、宰相として判断の遅れや誤りは許されない。 さっそく厳しい評価にもさらされている。首相は総裁選の期間中、衆院解散について「すぐ解散しますという言い方はしない」と述べ、国会での熟議を優先する構えだった。ところが一転して早期解散にかじを切り、野党からは「変節だ」と批判を浴びている。総裁就任早々の大幅な株安で、経済政策に対する市場の厳しい評価も浮き彫りとなった。 加えて、最大の鬼門になりかねないのは、最も得意とする安全保障政策や外交の分野だ。 首相は総裁選で、対等な日米同盟を目指す立場から「日米地位協定の見直し」を掲げ、地域の抑止力を高めるために「アジア版NATO（北大西洋条約機構）」の創設を訴えてきた。 しかし、これらの持論は歴代政権の基本政策を逸脱する部分があり、国内外の専門家からは懸念の声も上がっている。安倍政権が礎を築き、菅義偉、岸田文雄両政権が継承してきた外交方針「自由で開かれたインド太平洋」にも、首相はどこか冷淡な構えに見える。 「勇気と真心をもって真実を語る」。首相は渡辺美智雄元副総理の言葉をしばしば引用する。時の政権に弓を引くようでも正論と筋論にこだわり、国民的人気の源泉になっていた。しかし今後はあらゆる場面で過去の言動との整合性を問われ、不誠実だとなじられることになるだろう。 安倍氏は第2次政権で、自身の政治的信念は抑制しつつ、現実的な政策展開で長期政権を築いた。石破首相も歴代政権の成果を継承し、自ら掲げる「安全で安心な国」を実現できるか。そこでは変節もまた勇気である。（千葉倫之）
