錦織圭「これが自分なんだ。潜在能力はまだあった」 手にした完全復活へのカギ
【有明コロシアムの空気を支配した】 「細かい部分で簡単なミスも最後のほうは出ましたし、ちょっと足が動いてくれなかった。まだまだ体力不足と、バネのなさっていうのは、最後に出たかなと思います」 3回戦のホルガー・ルネ(デンマーク)戦から約30分後の、会見の席。6-3、2-6、5-7の惜敗に深く落胆する錦織は、まだ気持ちの整理もついていない様子だった。 第1セットは、早々にブレークして31分で奪取。錦織の早い展開とショットの精度に、ルネは常に後手に回った。錦織の背を押す満員の観客の声にもルネは苛立ちを見せ、粗いミスも目立つ。有明コロシアムの空気を、錦織が完璧とも言えるプレーで支配した。 ただ、第2セットの第1ゲームで錦織がブレークポイントを逃した頃から、潮目が変わり始める。 現在ランキング14位、昨年は世界4位まで至った21歳は、若いながらも修羅場をくぐってきた数は豊富だ。ベースラインからじっくりラリーを作り始め、ドロップショットで錦織を前後に揺さぶる。第2セット終盤からは、錦織の集中力が切れたかのような時間帯も訪れ、さらに流れはルネに傾いた。 それでもファイナルセットでは、再び錦織の精度とバリエーションが上がる。同時にルネも、錦織のリズムと多彩なショットに創造性を刺激されたかのように、背面打ちやハーフボレーなど、魅せるプレーを披露し始めた。両者のプレーと意図が噛み合い、極上のエンターテインメントが繰り広げられる。 その濃密な並走状態から、先に値千金のブレークをもぎ取り、マッチポイントも手にしたのは錦織だった。だがそのたび、ルネは目に見えて集中力が上がり、上質のプレーで危機を切り抜ける。 「彼も最後、要所要所でいいプレーをしていた。1セット目と違いレベルも上げてきたので、彼がよかったのは認めざるを得ないところ」 相手の強さを認めつつ、大会全体を振り返り、こうも言う。 「(トップレベルに)だいぶ近づきましたね。この3試合を通して、かなりフィーリングがよかったし、昨日の試合ができすぎていたので、今日はちょっと落ちるのを覚悟していたんですけど、十分よかった」
【内に潜む「かつての感覚」が蘇る瞬間】 悔いを覚えながらも課題を見つけ、明るい材料に目を向けて前を向く。短時間の会見のなかで見せる落胆と希望の相剋(そうこく)も、かつてよく見た錦織の姿。 その既視感あふれる光景こそが、言外の復活宣言でもあるだろう。 復帰してからこの半年間──いや、おそらくはケガで戦線を離脱していた1年以上、錦織は身体の内に潜む『かつての感覚』が蘇る瞬間を、待ち続けてきたはずだ。 彼が探し求めたその「明日」は、錦織の復活を信じるファンの願いに満たされた、有明コロシアムにあった。
内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki