測量開始のはずがパトカーが駆け付け、「ウチが買い取ったのに、本人確認もしたはずのに」...史上最大の「地面師詐欺」に泣かされたのはあの大手企業だった
弁護士の訪問
通報したのは旅館の持ち主、海老澤佐妃子の異母弟から頼まれた弁護士だった。警察官がやって来るのとほぼ同時に、その弁護士も旅館の玄関先に現れた。驚いたのは積水ハウスのほうだ。 「ここは持ち主からうちが買いとったんです。それで、測量を始めたところですが……」 二人の工務部員のうちの一人が、警察官にそう説明した。そこへ通報した弁護士が割って入った。 「あんた方、何を言っているんですか。私こそ持ち主の依頼でここへ来ています」 すでに旅館の土地建物の売買契約を済ませていたはずの積水側にとっては、まさに寝耳に水だ。 「あなたこそ何を言っているんだ。こっちは支払いも済ませているんだよ。なのに、何の権利があって邪魔するんだ」 だが、弁護士も負けていない。 「私の依頼人は海老澤さんから相続する人なんだ。ここは売ってないんだから、測量なんか絶対にさせないよ」
青ざめて立ち尽くす
近所の商店主が、たまたまその騒ぎを見ていた。当日の出来事をこう振り返った。 「しばらく揉めていたのですが、泡を喰った積水ハウスの人が、うちの店に駆けこんできたんです。そうして『これは、海老澤佐妃子さんじゃないんですか?』とパスポートの写真を見せながら、僕に確認するのです。その写真は海老澤さんとは似ても似つかない別人でした。それで、僕が『まったく似てないので、違う人だと思うよ』と教えてあげると、彼らは青ざめてね。一人は急いで走り去っちゃった。2人のうち残った若い方の人に『オタクたち、おそらく騙されてるよ』って言ってやったんです」 残された積水ハウスの担当者は、商店主のその言葉に呆然として立ちすくんだ。 「営業部が本人を確認したし、旅館の内覧もおこなったはずなのに……」 工務部の若い担当者は、消え入るような声でそうつぶやいた。かたわらの商店主に説明するというより、ひとりごちるように、こう言葉を続けた。 「そういえば、俺たちが『旅館で本契約を取り交わしたい』と先方に申し出たとき、向こうは変だった。『あまり佐妃子さんの容態がよくないから、旅館じゃなくホテルでやりたい』と断られたもんな。あっ、そのホテルに来た女がこの写真の……ああ、どうしよう」 もはや積水ハウスが前代未聞の不動産詐欺に遭ったのは、明らかだ。それでもあきらめきれない積水ハウス側では、事件が判明した6月1日から10日まで、旅館「海喜館」の周囲を封鎖した。その日の夜から、建物に誰も寄り付かないよう、制服のガードマンたちが24時間、この古ぼけた旅館を見張るようになる。 地主になりすまして不動産を騙し取る地面師詐欺は、昨今のマンションブームに加え、東京五輪を控えて地価が高騰してきた都内の優良物件が狙われる傾向が強い。五反田駅の至近に建つ旅館「海喜館」は、老朽化して長らく営業もしていない。近所でも地主の海老澤佐妃子を見かけなくなっていたという。まさに地面師にとって狙い目だった。
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