2024年、ひときわ輝いた河合優実。「ふてほど」『ナミビアの砂漠』『ルックバック』出演作を一気に振り返り
2024年は間違いなく彼女の年だった。河合優実、24歳。1月から3月にかけて放送されたドラマ「不適切にもほどがある!」での昭和のスケバンJK役で話題をかっさらったのを皮切りに、6月公開の主演映画『あんのこと』でも注目を集め、9月公開のもう1本の主演映画『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞。1年を通じて日本のエンタメ界を席巻した彼女を、2024年の顔に推すことに誰も異論はないはずだ。 【写真を見る】カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞したほか賞レースを席巻中の『ナミビアの砂漠』 ■地道な活動で階段を駆け上がったデビュー初期 河合の躍進はデビュー当時からすごかった。2019年にドラマ「インハンド」でデビューすると、2020年の『佐々木、イン、マイマイン』で早くも独自の存在感を印象づけ、2021年の『サマーフィルムにのって』、『由宇子の天秤』、『偽りのないhappy end』で第95回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞をはじめとした数々の映画賞の新人賞を総ナメ。 2022年も『ちょっと思い出しただけ』、『愛なのに』、『女子高生に殺されたい』、『冬薔薇』など実力派監督の話題作に次々に出演。第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門カメラドール特別表彰(新人監督賞)に輝いた同年の『PLAN75』では、78歳の角田ミチ(倍賞千恵子)に寄り添ううちに、75歳以上の人が自らの生死を選択できる制度「PLAN75」に疑問を抱き始める市役所のコールセンタースタッフを繊細な芝居で体現して注目を集めた。 またその一方で、2021年の「夢中さ、きみに」で連ドラ初レギュラー出演を果たし、「アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~」、「ネメシス」、「さまよう刃」といった注目のドラマにゲスト出演してしっかり爪痕を残しているのだから驚く。さらに、2023年の『少女は卒業しない』で映画初主演を飾り、同年の主演ドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」もNHK BSプレミアムでの放送ながら話題に。こうした地道な活動を自分のものにしながら、河合は着実に階段を駆け上がっていったのだ。 ■2024年を代表する一作とも言えるドラマ「ふてほど」 そんな河合の人気に一気に火をつけたのが、ドラマ「不適切にもほどがある!」なのは言うまでもない。宮藤官九郎がオリジナル脚本を手掛けた本作は、1986年の昭和に生きるスパルタと毒舌がバリバリの体育教師のおやじ、小川市郎(阿部サダヲ)が、コンプライアンスまみれの2024年の令和にタイムスリップしてしまうヒューマンコメディ。 2014年のドラマ「ごめんね青春!」を観て以来の宮藤作品のファンという河合の役どころは、そんな市郎の17歳の一人娘、純子。母親を病気で亡くし、市郎と父娘2人で生活しているという設定だったが、明菜ちゃん風ヘアに丈の長いスカートを履いた昭和のスケバン女子高生になりきり、タバコをプカプカ吸いまくる姿がハマりすぎており話題に。 下品な言葉や下ネタもお構いなしに父親と繰り広げる口喧嘩もキレッキレで気持ちいい。クールな表情や醸しだす空気が日本を代表する昭和の人気アイドル歌手を想起させたことも手伝い、昭和の小ネタや固有名詞を吐きまくる彼女が多くの視聴者を魅了した。 しかも、純子自身は知らない、彼女の逃れられない運命が明かされるドラマの後半では、口は悪いものの、本当は父親思いの純子を真摯な芝居でしっかり体現。笑いだけに終わらない感動を呼び起こし、河合の演技力の高さを印象づける結果となった。 ■「ふてほど」以降の驚くべき快進撃 冒頭でも書いたように、「ふてほど」で勢いがついた河合の快進撃は驚くべきことに、そこからさらに加速する。映画プロデューサー、川村元気の同名小説を映画化したラブストーリー『四月になれば彼女は』(24)では、婚約相手の精神科医、藤代俊(佐藤健)の前から突然姿を消した動物園の獣医、坂本弥生(長澤まさみ)の妹、純役で出演。姉の独特な恋愛観を思春期の頃から見つめてきたというキャラクターで、わずかな出演シーンながら物語の謎の行方を促すような重要な役割を担っていた。 また、人気アニメ「オッドタクシー」から派生して生まれたオリジナルドラマ「RoOT/ルート」では、自分なりの正義に真っ直ぐで愛嬌ゼロのクールな探偵、玲奈を快演!W主演の坂東龍汰が演じた凶運のポジティブ新人探偵、佐藤とのオフビートなかけ合いで笑いを誘い、新たな魅力を見せつけたのだから、なんとも抜かりがない。 さらに、山田風太郎の小説を映画化した『八犬伝』(24)では八犬士の一人、犬塚信乃(渡邊圭祐)に思いを寄せる女性、浜路を美しい和装姿で体現。上述の「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」も、今度は地上波で放送されて再び話題に。河合は、病気の母親やダウン症の弟を温かい眼差しで見守る少々危なっかしいヒロインの七実に扮したが、彼女のコメディセンスと飾らない自然体の芝居に改めてスポットが当たったのも記憶に新しい。 ■演技派ぶりを知らしめた『あんのこと』『ナミビアの砂漠』『ルックバック』 そして、河合の圧倒的な演技力を決定づけたのが、『あんのこと』と『ナミビアの砂漠』、W主演の吉田美月喜と共に声優に初挑戦した劇場アニメーション『ルックバック』だ。 実際の事件がモチーフの『あんのこと』で河合が演じたのは、幼少期から母親に暴力を振るわれ、10代半ばで売春を強いられ、シャブ中でウリの常習犯でもある21歳の杏。ゴミ屋敷のようなアパートの一室で、男を部屋に連れ込むホステスの母親と自分が面倒を見なければいけない足の悪い祖母と一緒に暮らしている少女だが、そんなこの世の地獄から必死に抜けだそうとする彼女を、河合がボロボロになりながら演じていたから、観る者は言葉を失った。河合の身体を張った芝居が、杏の悲しみと痛み、無念を生々しく伝えるものだったからだ。それが本作のヒットに大きく貢献したのも間違いない。 『ナミビアの砂漠』で河合が演じたのは、彼女に“女優になりたい”という思いを芽生えさせた『あみこ』(17)の山中瑶子監督が、河合をイメージして産み落とした21歳のカナ。なににも情熱を持てず、恋愛も暇つぶしにすぎない、自分が人生になにを求めているのかわからない女子だ。河合はそんな衝動的で自分勝手なカナをも自分のものに。大股で闊歩する冒頭のシーンから、どこか不満気で退屈そうなカナをリアルに体現。“こういう子いるよね~”と思わせる、いまの時代を象徴するような女子像が同世代を中心とした多くの人の共感を呼び、カンヌでの高い評価と共に本作を大ヒットへと導いた。 藤本タツキの読み切り漫画をアニメ化した『ルックバック』には、河合はなんと、オーディションに合格して参加したという。ひたむきに漫画を描き続け、そのことでつながる2人の少女の青春ストーリーだが、自分の才能に自信がある藤野を演じた河合の声の芝居は初めてとは思えないぐらいナチュラル。藤野に憧れる京本を演じた吉田とのやりとりも耳に心地よく、2人の世界に自然と引き込まれていくものだったため、原作ファンにも好意的に受け入れられ、気がつけばロングラン大ヒットを記録。世界20以上の国と地域でも上映され、大きな広がりを見せているというから、それだけでも河合と吉田の声がいかにすばらしいかがよくわかる。 ■まだまだ止まらない!2025年の出演作 ここまで2024年の河合優実を駆け足で振り返ってきたが、彼女の挑戦はまだ始まったばかりで、2025年も河合の出演作が続々待機中。筒井康隆の老人文学の傑作を映画化した『敵』(1月17日公開)では、長塚京三が演じた元大学教授の主人公、渡辺儀助が恋をしてしまう、バーで働く大学生の歩美を独自の色香でしっとり好演。儀助をその気にさせる、巧みなトークと距離感に目を見張ることになる。 かと思えば、“クズとワルしか出てこない”、染井為人の同名小説を映画化した『悪い夏』(3月20日公開)では、北村匠海が演じる市役所職員を罠にはめ、地獄へ引きずり込もうとする育児放棄寸前のシングルマザーを再びボロボロになりながら熱演。 さらに、ジャルジャル福徳秀介の恋愛小説を大九明子監督が映画化した『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(4月公開)で、最高純度のラブストーリーに初挑戦。大学生の主人公、小西(萩原利久)が恋をするお団子頭のヒロイン桜田を演じ、「毎日楽しいって思いたい。今日の空が一番好き、って思いたい」という言葉を口にするというから、これまでの河合のイメージが一変するのは間違いない。 多彩な魅力とどんな役も生きられる高度な演技力を持った河合優実は、現在のエンタメ業界で最も光り輝いている存在。ふるさと納税やスマホなどのCMでも異彩を放っているが、演じることに貪欲な彼女と仕事をしたいと思っている映像関係者は無尽蔵にいるに違いない。実際、水面下で様々な企画が動いているだろうし、すでに撮影に入っていたり、撮影を終えた作品もあるはず。はたして、2025年以降の河合優実はなにを見せてくれるのか?その動向から、これからも目が離せない! 文/イソガイマサト