安楽死の合法化で「滑り坂」が起きる? 安楽死制度を選択するオランダ社会の背景にある「自己決定権」を倫理学者が解説
安楽死合法化の背景にある「自己決定権」
――オランダで安楽死が合法化された背景にはどのような考え方があるのでしょうか。 盛永教授:オランダは自律や独立、個人主義を非常に大切にする国です。子どもも、早い段階から自立を促されます。 オランダで安楽死が合法化された背景にも、自分の意思に基づいて、自分らしく生きることを重視する「個性尊重主義」という哲学が存在します。 「自律」が大切にされているため、「治療方法がなく、痛みや苦しみに満ちた人生をこれ以上過ごしたくない」「自分で自分の身体や精神をコントロールできなくなったら、自分らしい生き方が続けられなくなる」といった本人の判断が尊重されるのです。 ――自己決定権を重視するのは、オランダ独自の考え方でしょうか。 盛永教授:自己決定権や自律を尊重することは、ヨーロッパ諸国やアメリカなどに存在する「自由主義」の基本となる考え方です。 19世紀イギリスの哲学者であるJ・S・ミルは、毒薬販売や買春、賭博の開設の制限に反対しました。売る人の自由ではなく、買う人の自由を認めるためです。 「~を買わない、という決定を自分で行える」という自律の自由があることが、自ら決定する市民から成り立つ近代市民社会の理想像である、とミルは論じました。 また、現代のアメリカの哲学者ロナルド・ドウォーキンは「成人市民は、自分の人生に関わる重要な決定を自分自身で判断する権利を有している」という「自律原則」に基づいて、安楽死を肯定しています。 ――日本でもオランダと同じように安楽死を合法化することはできるでしょうか。 盛永教授:日本には、オランダやアメリカにあるような、患者の自己決定権や主体性を守るための「患者の権利法」がまだ存在しません。 日本の医療は、いまだに、治療の方針や継続について患者ではなく医師に判断が委ねられる「パターナリズム」(※2)に基づいているといえます。そのため、オランダのように患者の自己決定が尊重される段階にありません。 ※2 パターナリズム:父親が(判断能力のある)子供に対して、「本人の利益になる」という理由から、本人に代わって判断や意思決定を行うこと。 また、日本には「恥の文化」が存在します。「他人の世話になるのは恥だから死んでしまおう」という風に、自分自身の人生よりも他人・社会の目線を意識してしまう、ということは私も危惧しています。確かにオランダ人も他人の世話になるのは嫌だといいますが、これは人の目線にかかわりなく、自立して生きたいからなのです。 安楽死合法化よりも以前に、まずは「患者の権利法」を制定することが必要です。