安楽死の合法化で「滑り坂」が起きる? 安楽死制度を選択するオランダ社会の背景にある「自己決定権」を倫理学者が解説
オランダで「滑り坂」は起こっているのか
――「安楽死を合法化したら滑り坂が起きる」という懸念についてどう考えていますか? 盛永教授:「オランダやカナダでは滑り坂が起こっている」と主張する人は多々います。しかし、それらの国の法律が実際にどういう内容になっているか、実際に起きた事件の背景などについて、きちんと調べたうえでの批判でないことが多いように思われます。 外国の法制度を批判するなら、まず事実やエビデンスを調べて、それを明示して主張すべきです。エビデンスもないのに「安楽死が合法化された国ではこんなことが起きている」と主張されても、他の人々は「それは本当なのか」と確かめることができません。 また、マスコミ各社が、自分たちで事実を確認する手続きを経ていないのに「オランダやカナダでは滑り坂が起こっている」と“真実”であるかのように報道していることも大きな問題です。 ――「滑り坂」の一例として、オランダでは「コーヒー事件」が起きたと聞きます。安楽死を希望する意思表明書を事前に作っていた女性がいて、その後に認知症が進んだために意思表示をできなくなったが、医師は書類に書かれていた意思を優先して安楽死を実行した。その際に、女性の知らないところで睡眠薬入りのコーヒーを飲ませて眠っているところを注射しようとした、それでも途中で女性の目が覚めてしまったから家族が女性を取り押さえ注射した、と報道されている事件です。 盛永教授:そもそもオランダでは安楽死が行われる際に、主治医一人で判断するのではなく、主治医とは面識のない第3者の医師の確認が必要で、さらに、安楽死が行われた後には担当医は詳細を法律で設置された「安楽死審査委員会」に報告します。そして、審査の過程や結果はオンラインで誰もが読めるように公表されています。 「コーヒー事件」と言われる出来事は、私の著書『認知症安楽死裁判』でも取り上げています。その際にも審査結果や裁判記録などを確認しましたが、指摘されているような、本人が望まないのに、無理やり安楽死をさせたというような事実は確認できませんでした。 ヨーロッパにも安楽死に反対する人はいます。日本における「コーヒー事件」の報道は、雑誌や新聞などに反対派が掲載した、誇張された記事をソースにしている可能性が高いでしょう。それよりも、審査結果など公式のエビデンスを確認してほしいです。