安楽死の合法化で「滑り坂」が起きる? 安楽死制度を選択するオランダ社会の背景にある「自己決定権」を倫理学者が解説
オランダとカナダの安楽死制度
――オランダでは本当に「滑り坂」は起こっていないのでしょうか。 盛永教授:オランダには「専門医」のほかに、地域に密着しながら各家庭を長年にわたって見守り続ける「家庭医」がいます。安楽死についても、基本的には家庭医が判断・実行します。家庭医は患者の病歴や人生の経緯をすべて把握しているから、安楽死についても適切な判断ができるのです。 また、オランダで安楽死を実施するためにはいくつもの要件があります。審査委員会への報告のほかにも、「本人からの自発的な要請であることを確認すること」や「担当医とは別に、独立した立場の医師が審査すること」などです。 つまり、オランダでは「滑り坂」を防止するための制度が整備されているのです。これらの制度については、私の著書『安楽死を考えるために』で詳しく解説しています。 またオランダやベルギーの調査委員の先生方に日本に来ていただいて何度か講演をしていただきましたが、その際にも「滑り坂は起こっていない」という報告でした。 現在のオランダにも安楽死に反対する人は20%ほどいますが、その多くはカトリックです(※1)。現地の反対派の意見ばかりを取り上げて「滑り坂が起こっている」と報道されることもありますが、それは客観的な報道ではありません。 ※1 カトリックは生命を尊重して安楽死に反対する傾向が強い(ローマ教皇庁は安楽死を「決して正当化できない殺人行為」として非難している)。 ――「カナダでは生活保護より安楽死の申請のほうが簡単」とも言われますが。 盛永教授:生活保護と並べると、個人が政府に申請して安楽死を行っているかのような印象を抱いてしまう人も多いでしょうが、これは誤解です。安楽死を承認・実行するのは医師や臨床看護師です。ただ、安楽死の適格条件の一つに、「カナダ政府によって資金提供された医療サービスの資格があるか、または、適用される最低居住期間または待機期間についての資格がある」、とあります。多分この条件を満たすための申請が簡単だった、ということだと思います。 カナダの安楽死法にも、安楽死を行う医師等に対して「緩和ケアという方法もあることを説明する」などの要件や義務が書かれています。ただし、オランダと異なりカナダには審査委員会がなく、カナダ保健相に届けるとなっています。報告書も5年に一度となっています。 オランダと同じくカナダでも安楽死に反対する人々はいるので、彼らの主張に基づいた意見が報道されているのでしょう。しかし、賛成派の主張や、実際の法制度がどうなっているかも調べてほしい。