『ふてほど』流行語大賞への反発はオールドメディア批判の一種 ドラマ評論家が考える"不適切ではない"流行語
2024年のユーキャン新語・流行語大賞に『ふてほど』が選ばれ、物議を呼んでいる。 【写真】「虎に翼」の原点を味わえる 数量限定のプレミアム“シナリオ集” 『ふてほど』とは、今年の冬クール(1~3月)に放送された宮藤官九郎脚本のテレビドラマ『不適切にはほどがある!』(TBS系)の略称。テレビドラマ関連の言葉が年間大賞に入ったのは、2013年の『半沢直樹』(TBS系)に登場した台詞「倍返し」と『ふてほど』と同じ宮藤官九郎脚本の連続テレビ小説(朝ドラ)『あまちゃん』(NHK)の台詞「じぇじぇじぇ」以来、11年ぶりとなる。 野球やオリンピックといったスポーツネタが選ばれることが多い新語・流行語大賞だが、今年はドラマネタの当たり年で『ふてほど』の他にも、Netflixで配信されたWEBドラマ『地面師たち』で、ピエール瀧が演じる後藤が言った「もうええでしょう」がトップテンに入っており、『ふてほど』と同じくらい盛り上がった朝ドラ『虎に翼』(NHK)でヒロインの虎子(伊藤沙莉)が頻繁に言う台詞「はて?」もノミネート語に入っている。 筆者はドラマ評論家を生業としているのだが、『ふてほど』、『虎に翼』、『地面師たち』の三作は、普段ドラマを積極的に観ない人から「観たよ」と言われる機会が多かった作品で、その意味で今年を代表する作品だったと言って間違いないだろう。 中でも『不適切にもほどがある!』は、昭和からタイムスリップしてきた50代の体育教師の父親・小川市郎(阿部サダヲ)の視点を通して現代社会を風刺したコメディドラマで、宮藤官九郎にとっても新境地となった話題作だったと言えるだろう。その意味でとても現代的なドラマだったので、この作品を選びたかったという選考委員の気持ちは理解できる。 ▪️疑問の残る選出 だが、『ふてほど』という言葉が新語・流行語と言われると「はて?」と思ってしまう。 それは、主演の阿部サダヲが「自分たちで言ったことは一度もないんですよ」という発言に全てが現れており、この略称自体に強い違和感があるからだ。これが「倍返し」や「じぇじぇじぇ」、今年なら「はて?」や「もうええでしょ」のような台詞でのノミネートなら、もう少し説得力があったかもしれない。 だが、残念ながら『ふてほど』には、劇中で繰り返し登場するインパクトのある決め台詞がなかった。強いて言うならば、主人公が頻繁に言う、エッチな行為を現す「××(チョメチョメ)」だが、これは元々、タレント・俳優の山城新伍がクイズ番組で用いた昭和の言葉なので、とても新語とは言えない。 ▪️選出された背景には時代性も ただ、ドラマタイトルの略称を使うのは近年の流行りで『ふてほど』にも、(SNSの)ハッシュタグで検索しやすいようドラマのタイトルが略して四文字だと助かると宣伝部から言われたと、ドラマプロデューサーが発言する場面も登場する。 つまり、近年のドラマタイトルの略称はマーケティングの要請によって生まれているという側面が大きいのだが、こういった略称は、作り手がタイトルに込めた意味を漂白して、元の文脈がわからない記号に変えてしまう側面が強い。 そのため、筆者はファンの間で自然発生的に生まれたもの以外はあまり使わないようにしている。ただ『ふてほど』に限らず、「コンカフェ」(コンセプトカフェ)のような簡略やJK(女子高生)のようなアルファベット化によって元となる言葉が持っていた生々しさを漂白すると同時に内輪だけの隠語化するという流れは近年加速しており、特に文字数に制限のあるX(旧Twitter)を見ていると、コンプラ(コンプライアンス)やポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)のような、ただでさえ日本語に翻訳してもわかりにくい言葉が略称として語られているので、頭がクラクラする。 そういった略称化によって意味が漂白された言葉が氾濫している状況を踏まえると『ふてほど』が、新語・流行語に選ばれたことに強い時代性を感じる。 ▪️なになら"不適切ではない"流行語足り得たのか 『ふてほど』が新語・流行語大賞を受賞したというニュースが流れた後、SNSでは「ドラマをそもそも知らない」「不適切報道の略じゃねーのか?」といった、テレビ局主導で時代のトレンドを作ろうとする自作自演性や、テレビ局も含めた大手マスコミの偏った報道そのものを揶揄する声が多く挙がった。 同時期に、盛り上がりを見せた兵庫県知兵庫県知事選挙の内実をまともに報道しなかったテレビや新聞といったマスコミの体質が「オールドメディア」として批判されていたことも大きかったのだろう。その意味で『ふてほど』に対する反発はオールドメディア批判の一種と考えて間違いないだろう。 だが、皮肉なことに疲弊したテレビの現在を自虐的な笑いを通して描いたドラマが『ふてほど』だった。その意味で不適切報道の略というのは、あながち間違っていない。 最後に、筆者は『不適切にもほどがある!』のレビューをいくつか書いたが、その時は『ふてほど』ではなく『不適切』と略していた。 仮に年間大賞が『不適切』だったら時代を象徴する言葉(もしくは作品)という意味合いが強まり、納得する声も多かったのではないかと思う。
成馬零一