【毎日書評】上司と部下の板挟み…?管理職のスタートライン「課長」だからできる立ち回りとは
『はじめての課長の教科書 第3版』(酒井 穣 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、初版が2008年に、第2版が2014年に出版された同名書籍を、大幅に加筆修正した最新版。 第3版となる本書が目指しているのは、土台となる管理職の哲学をつくることです。そのために必要となるのは、まず、大多数が「変わってはいけない、管理職の仕事の本質」であると考えている内容を理解することです。 その上で、本書の内容を批判的に考えてもらうことを通して、あなただけの管理職としての哲学を生み出していただきたいと思っています。(「第3版の発刊によせて」より) 重要なポイントは、「こうすれば成功する」というお手軽なマニュアルではないこと。社会が大きく変化している時代だからこそ、それでは意味がないわけです。 結局のところ、私たちにできることは、課長(管理職)に求められる要件について、大多数が支持する「意見」をヒントとして、自分だけの考え方を「構築しつづける」ことだけです。 「変わってはいけないこと」を「構築しつづける」という態度は、矛盾するようですが、これこそまさに哲学です。真理に向かって、自己否定を繰り返すことで永遠に近づこうとする哲学の態度だけが、私たちの人生を前進させます。 (「第3版の発刊によせて」より) 管理職の哲学を考える前提条件として避けて通れないのが、課長というポスト。課長になることは、管理職としてのスタートラインに立つことだからです。また、課長の仕事について考えていなければ、つまり準備していなければ、課長になることもできないはずです。 しかし実際のところ、課長とはどのような役割を持った立場なのでしょうか? この基本的な部分をあらためて確認するため、第1章「課長とは何か」のなかから「課長になるとなにが変わる?」に焦点を当ててみたいと思います。
課長は微妙な立場の管理職
組織によって多少の違いはあるものの、課長とは組織全体の中堅に位置し、より末端に近い組織構成員(平社員、係長、課長代理、チームリーダーなど)を監督する立場にある人を指す役職。 「課長」を排して「グループリーダー」や「マネジャー」といった役職を立てている組織もあるでしょうが、多くの場合、それは「課長」という肩書きが持つ古くさいイメージを取り除いただけのこと。本質的には、日本の組織において「課長」というポジションそのものが失われていることはほとんどないわけです。 課長の重要な特徴としては、課長は「予算管理に実質的な責任を持つ管理職」という枠の中では最下位のポジションであることが挙げられます。 予算管理に責任を持ったことのあるなしは、いうなれば「一国一城の主」になったことのあるなしを示しており、一般に考えられている以上に重要です。金銭管理はビジネスの根幹であり、その実務経験は、ほとんど例外なく予算管理から始まるのです。(32ページより) また多くの企業では、課長は経営者と直接仕事の話をすることができる最下位のポジションでもあります。 経営者とのコミュニケーションの場である予算会議では、経営者に実務の現場で起こっていることを伝えることが課長の重要な職務になります。単純化すれば、ビジネスとは現場情報をお金に変える活動であり、経営者と現場情報についてコミュニケーションできるのは課長だけであるわけです。 また通常、課長は法的にも管理職として認知される最下位のポジション。管理職手当がある代わりに残業代がもらえなかったり、休日出勤の特別手当なども出ないのが一般的。さらに課長は部下の業績や能力を評価すること(人事査定を行うこと)が正式に認められている最下位のポジションでもあります。 自分のパフォーマンスではなく、部下という他人のパフォーマンスに責任を持つのです。よく言われることですが、部下と課長の仕事には、選手と監督の違いがあります。(33ページより) 部下も上司を評価するような「180度評価」や、全社員が上司、部下、同僚のすべてから評価されるような「360度評価」も定着しつつあるとはいえ、まだ多くの企業では、人事査定は課長以上の役職にある人間が部下に対して一方通行的に行うことが多いはず。今後さらに多角的な評価システムが一般化されていくとしても、部下に対する評価のウェイトがもっとも高いのが上司であることに変わりはないのです。(31ページより)