生活保護受給者でも“特別な事情”があれば、「車の所有」は当然の権利である
生活保護と公平性の葛藤
第三に、「低所得者とのバランス」が最大の問題である。 生活保護世帯と同レベルの低所得にもかかわらず、車の維持費を支払っている人がいるだろう。「正直者がばかを見る」という怒りは理解できる。さらに、生活保護を不正に受給したり、不健康な生活のために生活保護に依存したりするケースもあり、これに納得できない人も多いだろう。平たくいえば、 「社会的弱者に配慮する必要性は理解できるが、納得できない部分も多い」 ということである。公平性のジレンマだ。しかし、生活保護受給者の大半は、病気やけがをしているか、高齢で働けないかのどちらかである。冒頭のケースを振り返っても、今でこそ「医療的ケア児(脳性まひの子どもなど)」は地域で生活できるが、一昔前にはそんな余裕はなかった。 障がい児を抱え、ただでさえ生活苦にあえいでいる人たちに対して、運転記録の未提出を理由に生活保護を打ち切るのはいかがなものか。誰もが同じ状況に陥る可能性があるのだから、福祉制度を改善することは誰にとっても利益になる。 そもそも、生活保護受給者の権利を拡大するためには、低所得者への配慮が必要だという考え方が対立を生んでいる。その場合、車の維持費の補助制度についても、所得によって差をつけるような議論が必要だろう。
車の維持費に関する補助制度
まず、車の維持費がどの程度所得から補助されているかを整理してみよう。車の維持費には主に以下のようなものがある。 ・ガソリン代 ・税金 ・メンテナンス費(車検も含む) ・自賠責および任意保険料 ・駐車場代など 生活保護費で、ガソリン代を目的とした費用は原則的に支給されず、他からの援助も認められていない(厚生労働省|課長通知問12の1-4、2-4)。 つまり、ガソリン代を負担すれば、使える保護費が減るが、ガソリン代が支給されれば、運転記録の提出義務も生じるので、ある程度の負担はやむを得ない。 生活保護を受けている人は、原則として軽自動車の自動車税が免除される。車の税金は車検費用の大半を占める。そのため、維持費は最初から考慮されている。 一方、任意保険料については、所得によって区別された補助制度はない。任意保険の加入と補助が法制度的に整備され、賠償責任が担保されないと、自治体も安心して車の所有を認めることはできない。 SBIホールディングスによると、2023年時点の任意保険加入率の全国平均は88.4%である。残りの1割に低所得者を含めた補助金制度を検討することは、賠償責任が担保された車社会の拡大につながる。 もちろん、特別な事情を抱えた人たちが経済的に自立するための計画を立て、健康的な生活を送る努力をするという前提に異論はない。財源の問題や納税者の理解など、乗り越えるべきハードルは多いが、議論する価値はある。 例えば、生活困窮者自立支援制度では、社会復帰を条件に家賃補助を行っている。この制度の枠組みのなかで、車の任意保険料を補助することなども考えられる。 ここまで、各自治体が生活保護受給者に車を所有させない理由について、賠償責任や任意保険の維持費、財産にあたるかどうかの問題などを書いてきた。 最後に、冒頭のケースから、生活保護受給者の「車の所有と運転」をめぐる問題を改めて検証し、メディアと政治の責任を明らかにする。