「BoS理論」が現役Jリーガーに与える影響。「監督が何を志向し、何を求められているかを理解する」【コラム】
主に欧州からサッカーの様々な理論が日本にたどり着いて久しい。ドイツの理論をまとめた『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』(河岸貴著/カンゼン刊)は、Jリーグでプレーする現役サッカー選手のプレーにどのような影響をもたらすのか。(文:岡田優希)
●大きな影響を与えてきたドイツサッカー 世界のサッカーシーンやトレンドの変化は目まぐるしいが、いつどの時代にもブンデスリーガのチームや、ドイツ人監督が大きな影響をもたらしている。 2023/2024シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)のベスト4には、ドイツから2チームが名乗りを挙げ、ドルトムントは11年ぶりに決勝に進出した。 12/13シーズンのドルトムントには香川真司選手も所属していた。ユルゲン・クロップ監督が志向する「ゲーゲンプレス」は時代を席巻し、のちにリバプールではそれをさらに発展させてプレミアリーグ制覇、そしてCL制覇へとチームを導いている。 その11年前の決勝でドルトムントを下して欧州王者に輝いたバイエルン・ミュンヘンは、19/20シーズンにも同大会を制した。ブンデスリーガにおいては、今季こそ優勝を逃したものの11連覇を成し遂げている。また、バイエルンの主力を多く擁するドイツ代表は、2014年ブラジルワールドカップの準決勝でブラジル代表を7-1という衝撃的なスコアで破り、世界に大きな衝撃を与えて世界一に輝いた。 「もし、本書を手に取った方が日本のサッカーに満足しているならば、本書を読む必要はないでしょう。しかし、例えば、日本のサッカーを海外のサッカーの間にある歴然とした相違を感じている方には、その違和感の解消に役に立つかもしれません。」(p6) 導入の一部分を読めば、単なるドイツサッカーの解説書のように思える。しかし本書は、河岸貴という男がおよそ20年前に単身海を渡り命からがら手に入れた、ドイツサッカーの強さの根源となる守備理論を解き明かす貴重な一冊である。 ●「BoS理論」とは? 著者は大学院卒業後高校教師を務めていたが、サッカー選手になるという夢を捨てきれず、2004年に単身渡独し練習参加を繰り返した。 しかし20年前のドイツサッカー界では、現在ほどの日本人の立場は確立されておらず、人種差別も経験し、さらには自身の病気や怪我も相まってプロ契約を得ることはできなかった。しかし、ドイツでの夢を諦めることはなく、2006年から指導者としての修行を始め、シュトゥットガルトの育成組織の門を叩き、最初は無給でコーチを務める。 2009年から正式な指導者となり、2011年1月には岡崎慎司選手がシュトゥットガルトに加入したことでトップチームの通訳として昇格。さらには同年12月には酒井高徳選手も加わり、2013年8月まで通訳として監督、コーチをサポートした。 その後はスカウトや日本プロジェクトのコーディネーターを務め、2015年6月に退団。それから現在に至るまで、コンサルティング会社設立やブンデスリーガの解説、さらには指導者講習会や講義・講演活動など幅広く活動を行う。日本での仕事をこなしながらも住まいはドイツ・シュトゥットガルトにあり、2022年12月に恩師ブルーノ・ラバディア監督がシュトゥットガルトの監督に就任した際には練習見学に足を運び、常に最先端のドイツサッカーの研究をしている。 本書のタイトルになっている「BoS理論」は、著者が長年修行をしているシュトゥットガルト市バーデン・ヴュルテンベルク州のヴュルテンベルクサッカー協会の指導者講習会で使われる資料がベースになっている。本書はそれを日本語訳して編集し、「ボール非保持」にフォーカスしている。 「BoS理論」の根幹をなしているのは、「ボールを中心に考え、サッカーをする」ということである。つまりそれは局面を攻撃と守備に分けず、ボール保持は「ゴールへの攻撃」、ボール非保持は「ボールを奪う攻撃」と捉え、チームの「常時攻撃態勢」を可能にする。その意図を著者は、「結局、人がどこにいようが、行こうが、スペースを突こうが、ボールが相手ゴールに入れば得点になり、ボールが自陣ゴールに入らなければよい」(p17)と述べる。 これこそがドイツにおけるサッカーの根本的な前提であり、常に攻撃態勢であるからプレーヤーがダイナミックに躍動するのだ。 ●日本には「なぜ」が欠けている さらに本書はチャンピオンズリーグやJリーグの実際にあったシーンを「BoS理論」をもとに解説し、理論だけではなく実際のサッカーシーンにおいてどのように考えるべきか、アクションを起こすべきなのか、事細かく解説している。 また近年では、日本サッカーにおいても「ゲーゲンプレス」、「即時奪回」、「ツヴァイカンプ(ドイツ語での1対1)」など、ドイツサッカーの用語が頻繁に使われるようになっている。そういった背景から巷にはドイツサッカーに関する本や情報に溢れ、言葉だけが一人歩きしている状況にある。 しかし、本書はそういった現状に警鐘を鳴らしており、「日本にはなぜそれらをやらなければいけないのか、の『なぜ』が決定的に欠けています。」(p21)と主張する。 例えば、「相手にボールを奪われた場合、日本の切り替えは、いかに早く自陣に戻るかという名目で使われることが多く、逆にドイツの切り替えは、ボールを奪ってゴールをするという考えなので、いかに速くボールを奪うかという名目になります。」(p21)と具体例を挙げ、「ボール非保持→ボール奪取→シュートとなる11人による常時攻撃態勢のドイツとは違い、日本は一旦守備をしてから『よいしょ』と攻撃に移り、そこからシュートという流れに見えて仕方がありません。」(p27)というような、日本とドイツでの試合におけるフットボールに対する態度の違いに言及している。 さらに、私は現役の選手として、本書のような体系立てられた守備戦術を学ぶことは非常に有意義だと感じている。 なぜなら、自分の中に基準をもつことができるからである。 プロアマ問わず、毎年監督や選手はフレキシブルに入れ替わり、どんな戦術でも、どんな選手とプレーすることになっても結果を出すことが求められる。 その時に自らの基準がなければ、環境が変わる毎にゼロから構築しなければならず、適応に時間がかかってしまう。しかし基準を持っていれば、新たな戦術だとしても、その相違を感じることによって適応を素早くできるだろう。 実際に私自身のプレーにおいても、「BoS理論」は非常に大きな影響と助けを与えてくれている。 ●現役Jリーガーが「BoS理論」を読むと… 本書は当初「フットボール批評」において「現代サッカーの教科書」として2021年10月号から連載が始まり、私は初回から欠かさず読んでいた。 私はこの3年間で、テゲバジャーロ宮崎、ギラヴァンツ北九州、そして現在は奈良クラブでプレーしている。近年J3では現実的な戦い方をするチームが増え、アタッカーにも守備の仕事が多く課されるようになってきた。 当然それぞれのチームのスタイルやコンセプトがあり、守備の戦術は異なっているが、自分の中に「BoS理論」の基準があることで、監督が何を志向していて、どのような振る舞いが求められているかをスムーズに理解することができた。 もちろん「Bos理論」の全てがそのまま実際のピッチに当てはまる訳ではないし、その中でのトライアンドエラーはあるが、基準があることでオートマチックにプレーすることができていると感じている。それによってどのチームでプレーしたとしても、開幕戦からコンスタントに出場機会を得ることができている。 サッカー界において「言語化」することの重要性は数年前から認知されてきているが、このように自らに適した戦術や知識を取り入れることは、ピッチ上において必ず助けになると考えている。 そういった観点から、本書は海外のサッカーファンの方や指導者だけでなく、プロアマ問わず現役の選手にもおすすめしたい。本書を読めばピッチでの景色が変わり、フットボールをより攻撃的に楽しむことができるようになると確信している。 本書ではあとがきに、「今に集中すること」の大切さを説いている。 そして「今」とは「BoS理論」における「ボール」であり、ボールにオリエンテーションすることで人生の在り方も変わってくると述べる。 先行きの見えないこの時代、「ストレス社会」と言われ、「今」にフォーカスできないことが様々な不安や閉塞感を生み出している。そんな中でスポーツのもつ意義は大きく、老若男女立場を超えて熱中できる数少ないエンターテイメントの1つである。 日本サッカーの発展は諸外国と比較しめざましいものがあるが、「今」にフォーカスする「BoS理論」をもとに、選手が躍動する「超攻撃的」なサッカーが数多く展開されるようになれば、サッカー界のみならず日本社会に大きな貢献ができると考えるのは夢を見過ぎだろうか。 そして何より私自身は現役のプレーヤーとして、「今(ボール)」にオリエンテーションし、攻撃的かつ積極的な姿勢をもって、ピッチで闘い続けたい。 (文:岡田優希) 岡田優希(おかだ・ゆうき) 1996年5月13日生まれ、神奈川県出身。18歳まで川崎フロンターレの育成組織に所属し、同期の三好康児や板倉滉とプレー。早稲田大学を経て2019年にFC町田ゼルビアに加入して3シーズン在籍。2022シーズンはテゲバジャーロ宮崎、2023シーズンはギラヴァンツ北九州、今季は奈良クラブでプレーする。
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