岸田首相には、ずっとのど元に刺さった小骨があった 退陣の裏で画策された続投の「奇策」【裏金政治の舞台裏⑥】
▽岸田首相は開き直った 処分発表の翌日、衆院内閣委員会でこんなやりとりがあった。 立憲民主党の山岸一生議員 「派閥会長であった二階さんを処分しないことで、同じく派閥会長であった岸田総理御自身も処分しないことの理由にしているとしか思えない」 岸田首相 「党の規則やルールに従った判断だ」 食い下がる山岸氏に岸田首相はこう開き直った。「最終的には国民の皆さん、そして党員の皆さんに御評価、御判断いただく、それが自由民主党という政党の総裁の立場である」 この時点で、岸田首相の政治責任が総裁選の重要争点となる路線が敷かれた。 ▽鈍感力の矜恃 東京都知事選の余韻さめやらない7月8日、首相公邸に森山、渡海、小渕3氏が人目を避けながら入った。岸田首相と向き合った3人は「岸田首相の総裁再選を支持します。辞めるべきだ、なんていう人は無責任だ」と激励した。しかし、岸田首相は聞き置くにとどめた。これ以降、森山氏は周囲に「総理は裏金の責任問題を非常に気にしている」と漏らすようになった。ちまたでは「鈍感力の岸田さんは総裁選へやる気満々だ」との見方が広まっていた。
時期を同じくして、首相周辺で、衆院解散を来年以降に先送りする案が浮上した。やがて、岸田首相自身が「総裁に再選したとしても、今は衆院解散のタイミングじゃない」と周囲に語るようになった。金融市場の行方や不安定な国際情勢を理由に挙げたものの、「岸田首相が再選されれば衆院選で大敗する」との不安から浮足立つ議員心理を沈静化させようという思惑が透けた。 岸田首相の再選とセットで語られた解散先送り論は、実質的には「有権者に信を問う」ことを恐れて、解散権という伝家の宝刀を封じる「奇策」に他ならなかった。この「続投」と「退陣」の2案が手元に置かれていたとみられる。 8月14日の退陣会見で、岸田首相は「自民党が変わることを示す、最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことであります。政治とカネをめぐる問題が発生してから、トップとしての責任の在り方については思いをめぐらしてきました」とこみ上げる涙をこらえながら語った。
どんな思いで最終的に不出馬を決めたのか。ヒントとなるのが「信なくば立たず(政治は民の信頼なしに成り立たない)」と首相がたびたび公言していたことだ。解散先送りの奇策は、この政治信条と整合しなかったというわけだ。政治家としてのぎりぎりの矜恃と「鈍感力」とは異なる心の内が退陣決断から垣間見えた。