岸田首相には、ずっとのど元に刺さった小骨があった 退陣の裏で画策された続投の「奇策」【裏金政治の舞台裏⑥】
ところが、すんなり進まない。午後4時8分、岸田首相が森山氏を伴って、近くの自民党総裁室に入ると、小渕優子選対委員長や渡海紀三朗政調会長、関口昌一参院議員会長が待っていた。ここでB案に渡海氏らから異論が出る。「二階派と安倍派は悪質性が異なる。武田と高木が同列なのはおかしい」。「事務総長経験者の松野博一氏も党員資格を停止すべきだ」との指摘が出た。岸田首相は森山氏を残し、再び麻生、茂木両氏が待つ部屋へ向かった。 麻生氏は武田氏の党員資格停止にこだわった。事情を知る党幹部は「2人は地元福岡で長く対立している。遺恨試合が東京に持ち込まれた」と解説する。そもそも首相が国会の2部屋を伝書バトのように行き来する異例の対応をとったのは、処分基準を巡って執行部内で抜き差しならない見解相違があったからだ。 首相にとって、麻生氏は政権発足以来の後ろ盾。といっても「理」にかなっているのはいずれか。判断を託された首相は熟慮の末、4日朝に麻生、森山両氏に「武田氏は党役職停止1年とします」と仁義を切った。 ▽もう一つの伏線が敷かれていた
一方、異論が出なかったのは萩生田氏の党役職停止案だ。萩生田氏は安倍派の若手から人望が厚い。厳しい処分で恨みを買えば総裁選でしっぺ返しをくらう―。再選を目指す岸田首相だけでなく、「ポスト岸田」をうかがう茂木氏も思惑が一致した。 もう一つの伏線は、二階派会長の二階俊博元幹事長の処分外しだ。この10日前、次期衆院選への不出馬を表明していた。二階派は支出を実際より計約3億8千万円少なく記入していた。二階氏個人も還流金が党内で最多の3526万円に上った。「合法的裏金」とされる政策活動費を幹事長として計約50億円使っていた。二階氏が現役のままなら重い処分を科すのが論理の必然だった。不出馬で処分論を事前に封じるしかなかった。 4月4日、自民党は39人の処分を決めた。実態解明が不十分なままだったが、岸田首相が国賓として訪米する前に「決着」させたいとの政治スケジュールが優先した。 安倍派の衆院側、参院側でトップだった塩谷立、世耕両氏を離党勧告とし、下村、西村両氏に党員資格停止1年、高木氏に同6カ月を科した。不記載額が500万円未満だった45人については正式処分とは一線を画し「幹事長からの厳重注意」となった。