川中美幸「八代亜紀さんがお年玉を渡す姿が忘れられない」藤山一郎「東京ラプソディ」から秋川雅史の「千の風になって」まで、テイチク90年の軌跡
1980年の9月、グループの雅夢として「愛はかげろう」でテイチクレコードからデビューしたのが、僕の音楽家としてのスタートでした。 この写真は、デビューの翌年に当時ヒットを成し得たアーティストの方々と、そのお祝いをしていただいたパーティの一コマで、石原裕次郎さん、八代亜紀さん、高田みづえさん、川中美幸さんと僕たち雅夢が鏡開きをしている写真です。 尊敬する大先輩の方々とご一緒させて頂き、とても光栄に思った事と少し照れ臭かった事を覚えています。この写真を見て一番喜んだのは、今は亡き両親であったろうと思います。 八代さんは、僕がまだ10代の頃、生意気にも独特の声とズバ抜けた歌唱力にとても感銘した事を今も覚えています。自分がプロになってからも唯一無二のアーティストであるという思いは深まっていきました。こんなに早く天国に召されるとは、言葉がありません・・・。 テイチクは今年創立90周年ですが、この長い歴史の中に「雅夢」、そして「三浦和人」として、ほんの少しでも足跡を残せているなら、こんなに光栄で嬉しいことはありません。今後更に、様々な音楽が響き、様々な才能が輝く。そして、それらを支え送り出し続ける大切な場所として、これからもずっとあり続けて欲しいと願っています。 三浦和人
1980年に「ふたり酒」がヒットして、この写真の「テイチクヒットパーティ」に初めて参加させて頂きました。 この日、初めて石原裕次郎さんにお会いしたのですが、会場に現れた時の圧倒的なオーラは今も忘れられません。八代亜紀さんにはデビュー当時から「美幸ちゃん!美幸ちゃん!」ってよく声を掛けて頂いていましたが、お二人から「おめでとう!良かったね!」といってもらえたことを思い出します。 数年前になりますが、大晦日の番組で八代さんと楽屋が一緒になった時、舞台関係者の方にお渡しするためのお年玉をご自身で詰めていらっしゃっていて、私が「すごい!すごーい!」って見ていたら「美幸ちゃんも欲しい?」って言われたので「はい!」って答えたら、私、八代さんからお年玉を頂いちゃったんです。 その後、楽屋の挨拶に来られた方々お一人お一人に「はい、一日早いお年玉」って、丁寧にお渡しされていた光景が今も忘れられないですね。 このパーティから43年が経ち、テイチクは今年創立90周年を迎えましたが、辛い時や苦しい時にこそ歌が必要だと感じます。これからも演歌、歌謡曲を大事に届けて100周年を目指してほしいと思います。 川中美幸
佐藤利明