ハッキングされた「ロシア元大統領のメール」が暴いた政治腐敗が“風変わり”だった
モスクワ郊外には超高級住宅街ルブリョフカがあり、メドベージェフはその住宅街の大邸宅を自ら運営する慈善団体の名前で登記していた。その住宅街には官僚やオリガルヒがこぞって暮らしているが、メドベージェフの団体に大邸宅を贈ったのが、オリガルヒ(編集部注/ソ連崩壊に続くロシア経済の民営化を通じて、1990年代に急速に富を蓄積した新興財閥のことを指す)の一人、アリシェル・ウスマノフである。調査を進めるうちに、思いがけずそのウスマノフ自身も話題の人物になっていた。 私が見たことがないような奇妙な動画を録画したのが、ウスマノフだったのだ。彼はその動画を自ら「I Spit on You, Alexei Navalny!」(お前に唾を吐いてやる、アレクセイ・ナワリヌイ!)と名付けていた。その動画では、世界屈指の大富豪ウスマノフが、自ら所有するあの有名な6億ドルの豪華クルーザー「ディルバー」で言い放っている。ナワリヌイとは違って、自分は「幸せ者!」、ナワリヌイは「負け犬」で「馬鹿野郎」だと。 ● 抗議デモのライブ配信中に 警察官が突然乱入 メドベージェフ自身、私たちの調査に対して、その大富豪と似たり寄ったりの奇妙な反応を示した。加工肉工場タンボフ・ベーコンを訪ねたとき、突然その場で記者会見を開き、私たちの調査を「ナンセンス、真っ暗闇、まるでフルーツコンポート」と意味不明なコメントをしたのだ。その一方で、別荘やブドウ畑や慈善団体をどこから手に入れたのかは一切説明しなかった。 それどころか、私が私利私欲のために汚職調査をしていると非難したかと思えば、大統領選で「投票してもらおうと恥知らずな行為に及んでいる」とも非難したのだ。私が積極的に選挙運動を始めてから、そのころまでに4ヵ月近く経過していたことを考えると、メドベージェフの発言は特に気にするような話ではなかったが。
3月26日、ロシア全土で抗議デモが行われ、私の仲間は事務所からその様子をストリーミングで配信していた。各地から写真や動画が送られてきて、それをライブで公開したのだ。視聴者数が15万人を記録し、配信が最高潮に達したとき、事務所が突然停電に見舞われた。次の瞬間、イヌを連れた警察官が事務所に乱入した。そこにいたスタッフは逮捕され、機材もすべて押収された。PC、カメラ、照明、マイク、何もかもだ。当然のことながら、そのすべてが戻ってこなかった。すでに話したように、私たちを潰すためにクレムリンが仕組んだ策略だ。配信に携わっていたスタッフの13人が勾留された。 ● 100以上の都市で抗議デモ そのほとんどが初参加の若者 私たちの調査でメドベージェフの政治生命は絶たれた。反対運動全体のターニングポイントになったのがその調査だったのだ。映画『彼を“ジモン”と呼ぶな』が公開されてから10日後、私は聴衆に訴えた。表に出て、政府の回答を求めようじゃないかと。多くの人はそんなことができるのかと感じていた。ロシア全土で大規模デモを行うのは不可能だ、そうした運動ができるとしても、せいぜいモスクワとサンクトペテルブルクくらいだろうと見られていたのだ。 しかし3月26日の抗議デモは100以上の都市で行われた。この事実が如実に物語っているのは、さまざまな政治信条を持つ市民を一つにまとめることができるとすれば、それは汚職に対する闘いしかないということだ。今回の抗議デモには私たちの各地本部が組織したものもあるが、現地のボランティアが主導したものもある。参加者の80%は、それまでデモに足を運んだ経験のない若者だった。 私たちは、確かな実績を残してきたとの自負がある。そのおかげで、新しい世代の人々が政治に関心を持つようになったのだ。この世代は、自発性を発揮し、しっかり計画性をもって行動する能力があり、この国の現状に心底不満を抱え、自身の信条に基づきデモに参加する覚悟がある。
アレクセイ・ナワリヌイ(著)/斎藤栄一郎(翻訳)/星薫子(翻訳)