トランプの米朝会談「行き当たりばったり」外交か「ビッグディール」実現か
ボルトン補佐官は結局、拡大会合に出席か
金正恩委員長が植物園観光のために滞在先のホテルを離れた頃、米ホワイトハウスは米朝首脳会談のスケジュールを明らかにした。トランプ大統領は、当初13日までシンガポールに滞在する予定だとされていたが、現地時間12日の午後8時頃にはシンガポールから帰路につく。会談は現地時間午前9時にスタート。冒頭に両首脳による挨拶が行われた後は、トランプ大統領と金正恩委員長は通訳を交えて、2人だけの会談を最初に行う。その後、米朝双方の高官も加わり、拡大会合が行われる。拡大会合が終了すると、昼食会も予定されており、トランプ大統領は午後5時ごろに記者会見を行う予定だ。 ホワイトハウスが11日に発表した拡大会合に出席するアメリカ側高官の中には、強硬派として知られるボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)も含まれている。イラン核合意からアメリカが離脱する際、トランプ大統領の決断に大きな影響を与えたとされるボルトン補佐官は4月に大統領補佐官に就任したばかりだが、核放棄の進め方として北朝鮮に「リビア方式」の受け入れを繰り返し要求していた。北朝鮮はボルトン氏やペンス副大統領がたびたび言及したリビア方式の受け入れに憤慨し、一時は米朝首脳会談の開催そのものが危ぶまれた。複数の米メディアによると、首脳会談前の地ならしで2度にわたって平壌を訪れたポンペオ長官がボルトン補佐官の発言に激怒。米朝首脳会談での拡大会合メンバーから、ボルトン氏を外すことが政権内で決定されたとも報じられていたが、12日の拡大会合には出席する見通しだ。
「非核化」と「体制保証」で合意見いだせるか
リビア方式について少し説明しておこう。イラク戦争によってフセイン政権が崩壊した2003年、アメリカとイギリスはウラン濃縮に使われる遠心分離機を積んだ船を地中海で拿捕した。遠心分離機はリビアに届けられる直前であった。当時のリビアではカダフィ政権によって核開発が進められていたが、アメリカとイギリスは遠心分離機の押収後、リビアに対して大量破壊兵器の一括廃棄を要求した。これには核開発だけではなく、化学兵器や弾道ミサイルの廃棄も含まれており、その見返りとして経済制裁の解除とカダフィ政権の体制保証が提示された。 カダフィ政権は2003年12月に核を含む大量破壊兵器の一括廃棄に合意し、経済制裁も解除された。だが「アラブの春」によってリビアでも2011年2月から反政府運動が激化。北大西洋条約機構(NATO)に支援される形で反カダフィ派は首都トリポリを陥落させ、40年以上続いたカダフィ政権は崩壊。カダフィ大佐は2011年10月に潜伏先のスルト(出生地でもあった)で負傷し、民衆から暴行を受けた後に死亡した。 カダフィ政権の末路を目の当たりにした金正恩委員長は、リビア方式がいかに不確実なものかを痛感したとされている。アメリカ側は「完全で検証可能かつ、不可逆的な非核化」を北朝鮮に求めるが、カダフィ政権に提示したものよりも確実な“体制保証”をオファーし、合意点を見出したい考えだ。