なぜタイに? ホンダは自動車生産方式に“革命”をもたらすか
ホンダは生産方式の何を“革新”したのか
一方、1990年代以降になると、ライン方式がレイバーコストの安い新興国にまで普及し、人件費の高い日本では量産方式でのコスト競争力を失って行った。高いコストで競争力を維持するためには高付加価値商品を生産するしかない。しかし高付加価値商品は当然高価格になるため、絶対販売数が少なくなる。もちろん、上で挙げた超高級車やスポーツカーのように極端な少量ではないが、従来のライン方式が成立する生産規模に足りなくなってくるのだ。混流生産などの新技術によるロット削減と高付加価値化は、ずっといたちごっこを繰り広げて来たのである。 こうして高いレイバーコストを飲み込みつつ、高付加価値商品を作るために考案されたのがセル生産方式と呼ばれる方法である。セル生産方式は、乱暴に言うとライン生産方式以前の方法を進化させたもので、別名を「屋台方式」と言う。生産の多くの工程が一名から数名の作業者によって行われる。ライン方式のように作業が細分化・単純化されていない。 そのため人間の判断で作業を行える領域が増え、同一工程同一作業にこだわる必要がなくなるのだ。次から次へと同じクルマを生産する必要がなくなって、多品種少量生産が可能になるのだ。 メリットは意外に多い。一番大きいのは、多様な消費者ニーズに応えられる多品種少量生産だが、それ以外にも、流れの速度を保つ必要がなくなるため、手間の掛かる手作業を織り込むハンドメイドの贅沢な加工が可能になる。これが高付加価値を生むのだ。そしてロットという概念がほぼ要らなくなり、一台単位で生産できるので、管理システム如何によってはオンデマンド生産が可能になる。それは同時に在庫の圧縮にもつながる。不要な在庫が減れば、生産のための運転資金が減り、投資対利益が向上して利益率が上がる。 こうしたメリットを評価して、バブル以降の日本の製造業ではセル方式こそが日本の生きる道だともてはやされたのだが、やはり基本素養としてセル方式は効率が悪い。話題と期待ほどには本流にならなかったのだ。そこで小回り性や高付加価値というメリットを活かしたまま、セル生産方式の効率をどう改善するのかに注目が集まっていたのだ。 今回、ホンダが挑んだポイントはそこだ。考え方としてはセル方式とライン方式のいいとこ取りになっている。セル(屋台)自体をラインのように動かしてしまおうという考え方だ。セル生産方式の大きな問題の一つは、作業者が工程毎に必要になる部品を自分で調達しなくてはならない。同じ部品が目の前に積み上げられていて、ただ単純作業で組み付けるだけのライン生産方式とはそこが違うのだ。もちろんそのために作業ブースの回りに必要な部品や工具をできる限り配置するのだが、スペースには自ずと制約があるから、絶対効率はライン生産方式と同じにはならない。