J1湘南・山田直輝が「オルカン投資の伝道師」に至った経緯
アスリートでありながら、投資家としての意識を持つ「アスリート投資家」たちに、自らの資産管理や投資経験を語ってもらう連載「 アスリート投資家の流儀 」。今回は、プロ16年目を迎えた33歳のベテランJリーガー・山田直輝選手(湘南ベルマーレ)に、約2年半ぶりに登場していただきました。 1993年の開幕から32年目を迎えたJリーグ。今季からはJ1・J2・J3ともに20クラブでリーグ戦を戦っています。J1は下位3チームが自動降格という厳しい状況で、毎年のように残留争いに巻き込まれている湘南ベルマーレは何としても17位以内を死守し、さらに順位を上げたいところです。 チームの年長者の1人である山田選手は若い選手たちを牽引する存在です。2009年に浦和レッズでプロキャリアをスタートさせた彼は、新人1年目に岡田武史監督(現FC今治の運営会社会長)から日本代表に招集されるほどの逸材と言われました。が、その後はたび重なるケガで苦しむことが多く、コンスタントな活躍ができずに、本人もつらい時間を強いられました。 そして2015年に湘南にレンタル移籍し、3シーズンプレー。2018年にいったん浦和に復帰しますが、2019年に湘南への2度目のレンタルに踏み切り、2020年から完全移籍。今では湘南をリードするベテランの1人となりました。アグレッシブなプレースタイルは今も健在で、ここからより出番を増やし、チームを勝利へと導いていく構えです。 そんな山田選手はJリーガー屈指の投資家でもあります。2020年のコロナ禍に買いつけた原油のダブルブルETF(上場投資信託)で約30万円の損失を出したことが契機になり、マネーや投資について猛勉強。「ドルコスト平均法に基づいて、毎月定額で積み立てていくべき」という結論に至り、現在も継続しています。 前回取材から2年半の間にロシアによるウクライナ侵攻が起き、為替が歴史的な円安となるなど、日本を取り巻く経済情勢が劇的な変化を見せています。そういった出来事を踏まえつつ、山田選手はどんなアクションを起こしているのか、うかがいました。 ■若手の頃は為替にも無頓着だった ―― 前回登場していただいた2022年1月 当時は115円前後だったドル円レートが、今では160円に迫る勢いです。いきなりですが、山田選手は足元の為替の推移をどうご覧になっていますか。 山田:円安に対する危機感が強まりましたね。日米の金利差が開いて、日本円の価値下落をここまで強く感じたのは初めてです。僕自身は、1ドル=120円くらいが一番安定しているという印象を持っていたので。新NISA(少額投資非課税制度)が始まって、米国株や米国株の投資信託に投資する日本人が増えたことも一因と言われますが、先行きが気になりますね。 ――山田選手は年代別代表の頃から世界各国に遠征していますが、為替レートに対しては当時から敏感だったのですか。 山田:いや、全然(苦笑)。10代の頃は韓国をはじめアジア諸国や欧州などにも行きましたけど、当時はクレジットカードを持っていなかったので、持参した日本円の数万円をただ両替するだけ。「レートは今、いくらなのか」という疑問を持つこともなかったですね。 本格的に投資を始めたコロナ禍の2020年から、まともにチェックするようになりましたけどね(苦笑)。今、考えると、海外遠征のたびに「今、1ウォンがいくらなのか」とチェックしていたら、為替レートを活用した投資にも長けた人間になっていた可能性もありますよね。 僕らのようなサッカー選手は、普通の高校生や大学生に比べると海外に行く機会も多いですから、金融リテラシーを高められるチャンスに恵まれている。代表チームやクラブチーム、学校などで遠征するときは、そういったことを学ぶ場を作ったほうがいいかもしれないと感じます。 ■マネーの勉強が腹落ちしにくかった理由 ――おっしゃるとおりですね。Jリーガーの場合は毎年、新人研修会がありますけど、マネー教育は受けなかったですか。 山田:年俸に対して所得税や住民税がかかるとか、国民年金や国民健康保険料を払わなければいけないといった基本的な話は聞いたことがありますけど、資産運用や投資、為替などを深く勉強したことはなかったと思います。 僕らプロアスリートは若いうちから比較的多くの収入を得られる分、キャリアが早く終わる。だからこそ、もっとお金について勉強をしなければいけないと痛感します。 自分がレッズの若手だった頃も何度かマネーに関する講習会があったと記憶していますし、税理士さんが金融商品を勧めてくれたことがありました。でも、なぜか頭に残っていないんですよね(苦笑)。専門家の話が難しいのもあるでしょうけど、自分とはかけ離れた世界の人の話は興味関心を持って聞けないというのがどこかにあるかもしれません。 ――山田選手が投資を始めたのは、コロナ禍に「株価が急落した」という情報を耳にしたのがきっかけで、そこから独学で本格的に取り組んだということでした。 山田:僕の場合はレッズのスポンサーだったauカブコム証券の社員の方に2時間ほど基本的なことを説明してもらったり、投資に詳しい知人から「今は原油のETFを買ったらチャンスだよ」と言われてトライしたのが最初でした。そういう経験をしてトライ&エラーを繰り返している先輩が身近にいるのが一番いいですね。 僕が投資をするようになってからは、湘南の若手にもかなりアドバイスを求められるようになりました。僕が言っているのは、「まずネット証券で口座を開設して、とりあえず3万円でいいから、新NISAで全世界株式(オールカントリー)の投資信託に積み立てしなさい」ということだけ。実際、自分がやっていることです。もちろん投資信託は貯金ではないので、元金保証はされませんけど、そのことも理解してもらったうえで、始めたい選手には始めてもらっています。 ■選手同士で運用方法についても情報交換 ――まさにアドバイザー的存在ですね。 山田:それほどでもないです(苦笑)。僕には「2億円くらいの資産を毎年4%切り崩していけば、55歳以降は何もしなくても年間800万円くらいの生活費が手に入る」という長期的なビジョンがありますから、それをどう実践すべきかを伝えているだけ。みんなどうしたらいいのかわからないので、聞かれたときにはイチから教えている感じです。 僕はそれが堅実だと思っているし、若い選手にとっても無理なくやれる方法なのかなと。J1クラスの年俸なら月10万円くらいは積み立て投資に回せるでしょうし、下部カテゴリーの選手ならもう少し金額を落として、できる範囲でやればいい。保証のないプロアスリートにとっては安心材料につながると思います。 ――この数年間で湘南の選手たちのマネーリテラシーは上がりましたか。 山田:そうですね。それはすごく感じます。近年は米国株がずっと高値で推移しているので、FANG(フェイスブック<メタ・プラットフォームズ>、アマゾン・ドットコム、ネットフリックス、グーグル<アルファベット>)で攻めている人もいれば、個別株に投資している人、高配当株に注力している選手もいます。みんなでいろいろ情報交換をしますけど、新たな発見や学びもありますね。 高配当株については僕自身も勉強したいと思っていて、『新NISAで始める!年間240万円の配当金が入ってくる究極の株式投資』など配当太郎さんの本を読むように勧められてます。確かに毎月20万円入ってくれば、安定したセカンドキャリア形成ができますよね。そのために今のうちにインプットしておきたいなと思っています。 アスリートの世界は選手同士のネットワークが強いといえるでしょう。湘南の場合も、山田選手という、失敗から学んで自分なりの投資法を見出した先駆者がいるのは非常に大きいようです。 勝つためにサッカーの話をすることも重要ですが、それぞれのキャリア形成のプラスになる投資や資産運用について前向きな意見交換がなされるのは大きなプラス。そういった空気がさまさまなスポーツ界に生まれてほしいものです。次回(6月25日配信予定)も山田選手に、着目している投資先や現役引退後のビジョンなどについてうかがいます。 元川 悦子(もとかわ・えつこ)/サッカージャーナリスト。1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。 ※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
元川 悦子