世界中に広まり続ける華人にいまなお共通する「アイデンティティ」とは…中華料理を辿って見えてきた中国人の“民族性”
北米中華、キューバ中華、アルゼンチン中華、そして日本の町中華の味は? 北極圏にある人口8万人にも満たないノルウェーの小さな町、アフリカ大陸の東に浮かぶ島国・マダガスカル、インド洋の小国・モーリシャス……。 世界の果てまで行っても、中国人経営の中華料理店はある。彼らはいつ、どのようにして、その地にたどりつき、なぜ、どのような思いで中華料理店を開いたのか? 一国一城の主や料理人、家族、地元の華人コミュニティの姿を丹念にあぶり出した関卓中(著)・斎藤栄一郎(訳)の 『地球上の中華料理店をめぐる冒険』。食を足がかりに、離散中国人の歴史的背景や状況、アイデンティティへの意識を浮き彫りにする話題作から、内容を抜粋して紹介する。 『地球上の中華料理店をめぐる冒険』連載第3回 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 『「鍋を片手に世界の果てまで」…世界中に広まった“華人”の中華店を訪ねて地球を一周した著者が語る「冒険の始まり」』より続く
土地に溶け込む
世界のどこに行っても家族経営の中華料理店は、移民、コミュニティ、おいしい料理の象徴である。 こうした店が世界の至るところにあって、見知らぬ土地に滞在する旅人、点心や北京ダック、さらには現地化された意外な中華料理を生み出す料理人らの集まる前哨基地のようになっている。 新入りの華人にとって、その土地に溶け込む近道は、中華料理店を開くことだ。 何しろ他国の人々には太刀打ちできない独特の仕事だし、合法的な移民か不法移民かを問わず、新参者の働き口になり、自立の手助けとなる。 だが、食は単なる入り口にすぎない。 厨房の中を覗き込めば、母国の文化を背負っての移民と世界政治の複雑な歴史が見えてくる。
移民のアイデンティティ
アフリカだろうが南米だろうが、街角から大都会まであちらこちらで目にする翠園や金龍を冠した店は、世界の近代化の原動力となった社会の分裂や政治運動と複雑に絡み合っている。 今、中国から離れた土地に暮らす華人の数は4000万人以上に達する。それでも、思いも寄らぬ世界の片隅で知り合いになることは偶然の賜物である。 世界を旅しながら、遠く離れた地で生きる華人の同胞に会うと、いつも決まって脳裏をよぎる疑問がある。 私たちのアイデンティティとは、国籍なのか、それとも民族性なのか。 国籍は、容易に付与することも剥奪することもできる法的な概念だが、民族性は私たちと一体化している。いわば「血」である。 複数のパスポートを持ち、異なる文化を横断してきた私でも、心の底では自分が民族的には中国人だと意識している。 ともかく私はこれまでずっと中国の文化的特徴を持ち続けてきた。中国系カナダ人2世のジャーナリスト、ナンシー・インワードがこんなことを言っていた。 「もう中国語は話せないし、文化も体現していないとしても、私たちは皆、先祖をたどれば行き着く中国という見えない荷物を背負っているんです」 そして「コメという主食から抜け出せないのと同じ」とお決まりのセリフで締め括っている。
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