三浦雄一郎さんが報告会 南米最高峰登頂を断念(全文1)無事、帰ってまいりました
医師の大城和恵さんの報告
大城:はい。チームドクターの大城和恵です。ちょっとメモを自分で作ったので、時々メモを見ながらお話しさせていただきます。下山の判断に至るまで、まずは背景なんですけれども、ヒマラヤなどの、近年、高所登山では40代以降の突然死というのが認められています。ただ、そういう方っていうのは、登頂したその直後だったり、今まで元気だったのに突然亡くなるということが多く、なんの前兆もなく亡くなってしまうというケースがあって、あまりはっきりした原因とかが追究されていない、まだ分からない部分も残されています。現地に行ってまた情報をもらいまして、アコンカグアの死因の最多も突然死ということでした。心臓に関して科学的な知見を言いますと、2700メートルぐらいのところまでは心臓って低酸素に5日ぐらいすると慣れるというふうになっています。そのほかには、酸素の少ないところに行きますと、心臓っていうのは心臓を栄養してる血管が太くなることで心臓を酸欠から守るっていう働きがあるんですけども、それは正常な心臓の人です。で、動脈硬化を持っている心臓の人の場合は、そういう働きが低下して、機能がなくなっていますので、酸欠から守るという作用がないという背景があります。なので、高所にさらされるということは予測できない心臓発作や心臓死、突然死っていうのが起きうるというものが示唆されていて、実際に発生してきています。これは体力とは別の問題で、体力とは別に内臓の機能が破綻になります。これを前提としておりました。 で、じゃあ、三浦さんの心臓はどうだったかといいますと、不整脈、もちろんあるんですけども、そのほかに高血圧があります。血圧が高いということは心臓の負担が大きくなります。そして心臓の肥大、心臓の筋肉が厚いので、酸素の消費する量が普通の心臓より多いです。そして、心臓が分厚いということは、柔軟性も乏しくなってくる。ということは、高血圧や低酸素環境下では心不全を起こしやすいという心臓です。さらに冠動脈という血管が動脈硬化を起こしていますので、先ほど言った、心臓の酸欠を守ってあげる力がほとんどないという状態です。次に、肺動脈圧がちょっと高めです。これは不整脈による心房の影響、それから心肥大、高血圧によるもので、これらも心不全を起こす原因となってしまいます。こういうことで、三浦さんの心臓そのものが高所に行くには幾つものリスクを抱えた状態でした。 そこで現地入りしたんですけども、ベースキャンプでの状態は、ベースキャンプは滞在期間が長かったので、順応は順調にいきました。ただ、やっぱりエベレストのときに比べると、血圧の下がり方が同じ量だけ薬飲んでもちょっと下がりが悪く、エベレストのときより5から10ぐらいちょっと血圧が高めのところで安定した形になりました。順応自体は順調にいきまして、そのあと6000メートルまで入るんですけども、6000メートルに入っての状態は、血圧がやはり、標高上げるともう交感神経が活性化するので、血圧って上がります。これはもう上がるものだと思っていましたので想定どおりなんですけど、やっぱりベースが普段より、エベレストのときより若干高いってことは、上がると余計高くなってしまう。で、2日いると次の日は慣れてくるので、少し下がるという形で、反応は、体はそれなりにしていましたが、血圧が上がると、心臓の病気がある分、ちょっと負担は増えるというのは高所に行けばどうしても起こるっていうことですね。 で、ベースキャンプを出てから、そのころから不整脈が少し出始めまして、6000メートルに入ってから不整脈が顕著になってきました。この不整脈は何を意味しているかというと、肺動脈圧が上がって、心臓の負荷が掛かってきたということを、そこで示唆するものでした。 そのほかに、今回は初めて遠征でテント生活をご一緒させていただきました。すると、登山行動以外の時間が非常に長いんですけれども、食事をするとか、テントの限られたスペースの中で寝起きをする、食事をする、トイレに行くっていうその行動自体が、非常に酸素を消費することになって、普通の生活行為自体が心臓への負担の掛かる状況でした。そこで酸素の投与を行うんですけれども、酸素の少ない中で酸素を投与しながらいろいろな日常生活の行為を行うっていうのは非常に難しくて、やっぱり酸素をしないで行動をしてしまうこともあります。そうなってくると、一番顕著に現れたのが、過度の低酸素血症ですね。体がすごく酸欠状態になって、ひどい呼吸困難になってしまう。こういう状態が見受けられるようになりました。そうなってくると血圧も高くなる、それから不整脈が出る、そして過度な低酸素血症が重なるということになりまして、これはもう心停止のリスクがあるということで、ここで中止を、断念して下山のお話をさせていただきました。 先ほど豪太さんからあったように、下山の決定をしたことよりも、下山の決定をお父さまにいかに受け入れていただくかということなんですけれども、体力の問題と心臓のリスクっていうのはまた別なんですね。なので、三浦さん自体はすごく調子がいいし、まだ頑張れるっていうのを思っていたのは本当のことだと思います。確かに鍛えられていますので、体力あるんですよね。ただ、やっぱり一番怖いのは、主観評価と客観評価に差があるときに山岳遭難って起きて人は死んでいきます。で、三浦さん自体は体力があるので、うちまだ行けると思うんですけど、私の下した客観評価は医学的な身体リスクのことだったので、その差がちょっと最初できちゃったんですね。ですけれども、三浦さんの素晴らしかったところは、三浦さんが病気があって年を重ねているという現実をよくご存じ、認識されていらっしゃいまして、その評価の差はその部分であることをよくご理解くださっていたんだと思います。で、それをあの環境の中で、これほど意思が強く登りたいとおっしゃっていた方が冷静な判断をなさったことは、本当に私は大変敬意を持っております。 若いときに山を登るのは、山のリスクと、あと、自分の体力勝負で行けるんですけども、年を重ねると、老いに対するリスクというのが入ってきます。でも、老いるというのは誰も初めての経験なので、経験したことがないので、老いることへのリスク評価ってやっぱり非常に難しいんです。その中で自分の可能性と限界を見極めて、私の意見を受け入れていただいたっていうことは、本当に素晴らしいことで、なかなかできることではないと思います。皆さんが山から生きて帰ってくるためには、その可能性と限界の、どこで見極めをできるかっていうことにかかってると思います。それを大きなチャレンジの中で三浦さんがしていただいたっていうことは、本当に世界に向けて、皆さんが安全に登山を活動をされていくということに関して、重大なメッセージを送っていただけたのではないかと思います。 本当に私の決めた決定、決断を受け入れていただいたことに、本当に心から感謝しています。以上が医学的な経緯になります。 司会:はい。大城先生、ありがとうございました。はい。今度のスライドショーの前に、ここで皆さんのほうから質疑をお受けしたいと思いますので、どうぞ、ご質問、この3名のほうにある方は、挙手をお願いしたいと思います。はい、どうぞ。 【書き起こし】三浦雄一郎さんが報告会 南米最高峰登頂を断念 全文2に続く