その存在と音楽を百年先まで。映画「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」創作秘話
世界的なピアニストフジコ・ヘミングの最後の4年間を見つめた映画「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」が全国で公開中。長年にわたって親交を深め、本作の監督を務めた小松莊一良がフジコ・ヘミングへの思いを語る フジコ・ヘミングの最後の4年間を見つめた映画「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」(画像)
──フジコ・ヘミングさんとの出会いとドキュメンタリー作品を創ることになったきっかけについて教えてください。 小松莊一良(以下小松) 僕はミュージシャンやストリートダンサーのミュージックビデオの制作などに携わってきた中で、ドキュメンタリー作品を手がけるようになりました。フジコ・ヘミングさんと出会ったのは、頑張る女性をテーマにしたミニドキュメンタリーのテレビ番組で取材させていただいたときでした。お互いに相性が良かったのだと思いますが、最初からふたりでずっと話し込んだのを覚えています。 フジコ・ヘミングさんといえば、1999年にNHKで放送された「ETV特集 フジコ~あるピアニストの軌跡~」で一躍有名になりましたが、僕がお目にかかった時はそれから十数年経っていたので、フジコさんがスターになったストーリーはかなり消費されている感じがしていました。実際のフジコさんは世界中にコンサートで飛び回っていて、トップアーティストとして活動されている。僕からするとその姿がすごくチャーミングに見えたのです。昔話ではなく、目の前にいる今のフジコさんをいつか描きたいという思いが、前作の『フジコ・ヘミングの時間』(2018年)という映画を創るきっかけとなりました。 ──『恋するピアニスト』は2020年のコロナ禍から2023年3月にパリで行われたコンサートまでかなり長いスパンで撮影されていますが、創作秘話をお伺いできますか? 小松 多くの方に『フジコ・ヘミングの時間』をご覧いただくことができましたし、僕が他のアーティストのドキュメンタリーを撮影していたので、実はフジコさんの次作を創る予定はありませんでした。ところが2019年にフジコさんから直々に「ドイツのマンハイムのお城でコンサートをやるから、あなた撮らない?」というお誘いがあって、フジコさんの海外のコンサートを撮影したことがなかったことから、高画質、高音質のシネマコンサートのような映像を撮ろうと考えてお引き受けることにしました。残念ながらマンハイム城からは撮影許可が下りなかったので実現しなかったのですが、それならばパリの友人たちと一緒に“自分たちでコンサートを主催しよう”ということになって、2020年3月28日にパリでコンサートを開催する予定をしていました。そのコンサートを撮ったらクランクアップすることを目標にしつつ、そのコンサートのほかにも、フジコさんのサンタモニカの暮らしを撮影して1つの作品を創ろうと考えていました。ところが、直後に世界中がパンデミックとなり、コンサートの3週間前に延期となりました。映画もクランクインしたばかりだったので、これからどうするのだろうというところから始まったんです。映画はその後の時系列通りなのですが、パリで予定していたコンサートは2023年3月にコンセルヴァトワール劇場で行うことになったので、それが終わったらクランクアップしようということになりました。4年もの間、撮影してきたので膨大な量になりました。