だからSMAPは国民的アイドルになった…冠番組「スマスマ」とそれまでのバラエティ番組との決定的な違い
■「昭和」と「平成」をつなぐ役割 その後、SMAPは年内いっぱいでの解散を正式に発表。「スマスマ」も2016年12月26日に最終回を迎える。通算920回目だった。 この日一部生放送はあったものの、これまでのグループにとっての節目の際のようにSMAPが生放送に出演することはなかった。およそ5時間の放送のうち、多くは総集編に割かれた。唯一新たな収録映像として、ラストに5人が登場して「世界に一つだけの花」を歌唱。それが終わると5人は深々と長いお辞儀をして、20年余り続いた番組は幕を閉じた。 いま思えば、「スマスマ」は、「昭和」と「平成」をつなぐ役割を果たした。ここまで述べてきたように、一方で昭和の王道テレビバラエティのスタイルを継承し、もう一方で2度の大震災が象徴する平成という苦難と模索の時代についての一種のドキュメンタリーでもあった。 そしていずれの意味においても、SMAPは視聴者に寄り添い続けた。まさにテレビは、SMAPにとってそのための最良かつ最強の「武器」であった。 「スマスマ」の寂しい終了のしかたは、確かにひとつの時代の終わりを物語っているし、実際当時はそういう感想を漏らすひとも多かったと記憶する。 ■SMAPが月曜10時にいない喪失感 だがそれは、そのまま「スマスマ」のような番組が必要でなくなったことを意味しない。 「スマスマ」最終回で歌われた「世界に一つだけの花」は2003年にシングルとして発売された。つまり、30年あった平成のちょうど中間地点で世に出て、ミリオンセラーとなった曲だった。 誰もが「もともと特別なonly one」だというメッセージは、平成が終わり令和になった現在においてよりいっそう響くものがあるし、アイドルとして個とグループを両立させたSMAPがそれを歌ったからこそ、より鮮やかに伝わるものがあった。 「スマスマ」の終了後、私の知る限り、テレビらしいバラエティの王道を継ぐ番組は生まれなくなった。そして時代に寄り添い続けたグループとしてのSMAPの姿をいまテレビでは見られない。もちろん個々の活躍は続いている。だがそこには、そこにいるべき人たちがいないことへの、なんとも形容しがたい喪失感がある。 ---------- 太田 省一(おおた・しょういち) 社会学者 1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。 ----------
社会学者 太田 省一