フリーペーパーで旅する神奈川(2) 「海の近く」
「うちでも配布しています」「うちでも何部か手に入れました」――。今年4月、周りが一斉に噂していたフリーペーパーがあった。白い帯に細いゴシック体のシンプルなタイトルに、キラキラ光る魚たち。手に取ってそのまま海に繰り出したくなるような表紙と「フリーとは思えない読み応え」との評判に惹かれて、海の近くのパン屋まで貰いに行った。 「海の近く」とは、葉山や逗子から小田原、箱根にかけての相模湾沿いあたり。二宮在住のライター・塩谷卓也さんと茅ヶ崎在住のライター・北條尚子さん、同じく茅ヶ崎在住のデザイナー・小嶋あずささんの3人が、共通の関心事である食をメインに、本業で地元の魅力を発信したいと、ネタ集めのための食べ歩きから取材・編集、営業まで手がける。 発端は、「食ブログ」だった。塩谷さんは、海外旅行情報誌「AB-ROAD」やガイドブックのライターとして、あるいはバックパッカーとして、これまで70カ国以上を旅してきた。北條さんは、「anan」などの雑誌で恋愛や結婚、ファッションなどに関する記事を手がけ、ミュージシャンのインタビューなどもこなす。2人ともフリーライターとしての本業の傍ら、それぞれ「湘南番外地」「湘南食いだおれー」と題した人気ブログを運営するグルメブロガーだった。 相模川を境に、主に西側の情報をアップしていた塩谷さんと、東側の情報をアップしていた北條さんは、「川向こうに自分より食べている人がいる」とお互いに一目を置き、コメントしたり、イベントに誘ったりしていた。北條さんが地域の雑誌を作ろうと、塩谷さんと、北條さんを「食いしん坊先生」と仰ぎ、企業の広報誌などを手がけていた小嶋さんに声をかけたのは昨年の春。地元で何かやりたい、という話はそれ以前からもずっとしていたことから、月刊誌を発行するという話がまとまり、3人ともすっかり「海の近く」の制作に軸足を移すこととなった。 これまでの特集テーマは、マルシェ(4月号)にサンドイッチ(6月)、冷たいスイーツ(7月)、亜細亜冷麺(8月)、シラス(9月)ときて、最新号はクラフトビール(10月)、そして11月1日発行の次号はそば。紹介するお店は、それぞれのお気に入りの店から候補を出したり、知人やネットからの情報で新しく開拓したり。行ったことのない店は、3人でさながら「ミシュランの覆面調査員みたいに」食べに行き、美味しければ、その場で取材を申し込むこともある。