フリーペーパーで旅する神奈川(2) 「海の近く」
お店をいくつかピックアップした後、どれを巻頭にするか選ぶのが通常だが、一つの店の魅力に引っ張られ、テーマがまるごと変わってしまった号もあった。「サンドイッチ持って、海へ」と題した6月号は、初めは「バインミー特集」になる予定だったそうだ。バインミーが美味しいと聞いた鎌倉・大町のパン店「mbs46.7」へ行ってみると、パンのおいしさはもちろんのこと、店主の岸本朗子さんのオープンサンドへのこだわりやこれまでのキャリアに至るまで、物語がずるずると引き出されてきたという。もはやひとつの料理として完成された、彩り豊かな具材の載ったオープンサンドの美しさも決め手となり、オープンサンドを表紙にした「サンドイッチ特集」ができあがった。
9月号「ノーシラス、ノーライフ」の表紙を飾った平塚のイタリアン「アクアフィオーレ」は、塩谷さんが「ここの生しらすのパスタは日本一おいしい」と力説するイチオシの店だ。4ページにわたる紹介の中で、写真はこの「生しらすのペペロンチーノ」のショットだけで4枚、文章はほぼ半分がその魅力を解説。そしてそれ以上に、「どんな人が作っているのか」を、「しつこいぐらいに」掘り下げる。 料理する人だけでなく、「ほかの取材中に、『近くのしらす漁師さんのところに電話をしてみたら、ちょうど漁から戻ってくるらしいから行ってみようか』って、いきなり言うんですよ。」といった要領で、レストランからそこへしらすを卸す人にもあっという間につながり、その日のうちに、獲れたてピチピチのしらすのショットが撮れる。
「どんなに計画しても晴れなかったら撮れないけど、この近い距離感と、フットワークの軽さがあると、そういうミラクルが起きる。取材が足りなかったらまた行けるし、既に一歩も二歩も近づいてるところからさらに踏み込めるから、書けることの深さが違う。そういうところが、初めて読む方にも感じてもらえてるんじゃないかと思います。」(小嶋さん) 東京で第一線で仕事をしてきた、食べることを普段から楽しむ3人だからこそ掘り起こせる神奈川の魅力が詰め込まれた「海の近く」。号を重ねるごとに、食いしん坊の読者が増えそうだ。 (齊藤真菜)