だからダメな会社になっていく。「悪しき伝統」が残る会社で起きている1つのこと
● ステークホルダーとのあいだにある「見えない壁」 その理由は、味の素と社内外のステークホルダーのあいだに、「見えない壁」があったからです。その見えない壁とは、社長を筆頭とする経営陣が、気がつかないうちに自らがつくってきた壁でした。 外部のステークホルダー、たとえばアナリストはいつも、業績数字の開示だけを細かく要求しているように味の素の経営陣は考えてきました。 しかし、実はこれは表層上の要求事項でした。企業の業績が低下しだすと、アナリストの本当に聞きたい質問は、「業績の底の見通し」でも、「業績予想」でもありません。「経営陣が自らコミットした数字をやり切る覚悟があるのか」「経営基盤であり、土台となる企業文化・風土が健全で、部門間の風通しがよく、全社で同じ方向を向いているかどうか」そして、「社長が『覚悟』をもってリーダーシップを発揮しているかどうか」などに移ります。 ですが、それを直接的に批判するのは、はばかられるので、遠回しに「言うべきことを言わない会社」と言ってきただけだったのです。 事実、パーパス経営に転換して、西井社長の言葉で、考えていることをしっかりと発信するようになってからは、業績が上がりはじめるよりも先に、社外のステークホルダーから「社長の覚悟が見える」などの非常にポジティブなコメントをいただくようになりました。 事業パフォーマンスが上がってくると、仲良しグループに安住しがちだった従業員も社長の覚悟を感じて、チャレンジすることに目覚めます。こうして、エンゲージメントも自然と上がりました。 ステークホルダーが本当に見たいのは、経営陣が壁を取り払って始めて見える経営陣や社長の信念と覚悟だったのです。
● 味の素が見せた覚悟 企業が大きな経営変革を行おうとするときには、従業員にボトムアップ型の改善の積み重ねを迫るのは効果的ではありません。従業員にも社外のステークホルダーにも、経営、特に社長の覚悟を最初から見せるべきです。 西井社長が始めた、社長としての覚悟の見せ方は、それからの味の素の経営のモデルにもなりました。 2022年に社長は藤江太郎氏が就任し、経営陣も世代交代をしました。企業変革、成長スピードはますます向上しています。現在のパーパスは、「アミノサイエンスⓇで、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」です。 注目すべきは、これまでの伝統的価値観を表す「食」という言葉がなくなったこと、そして、食品事業とアミノ酸事業の両方に共通する味の素独自の用語「アミノサイエンスⓇ」という言葉を用いたこと、さらには、健康という概念を「Well-being」という、より広範で上位である概念に置き換えたことです。 これで、新体制の目指す姿、すなわち、信念と覚悟が非常に鮮明になりました。もう、味の素にステークホルダーとの「見えない壁」は存在しません。 私は現在、他社の顧問や社外取締役などを引き受けていますが、社長や経営トップの方たちに、大きな変革を行うときにはトップダウンでやるように指導しています。トップダウンでやることを決めるのは、もちろん社長であり、これには相当の信念と覚悟がいるのは間違いありません。 しかし、その覚悟こそが会社の運命を決めるのです。
福士博司