「本当の贅沢とは何か」 赤面症、引っ込み思案…京都の老舗料亭・和久傳の女将を大成させた「お寺修行」の気づき
お寺での生活は時間の流れが違いました。和尚さんから墨をするように言われると、半日ぐらいすり続けることになります。「やめたい、やめたい」と思いながらすっていると、「ゆっくりすったらいいからな」と声をかけられました。
「本当の贅沢とは」と考えた
修行僧の雲水さんたちは寡黙ですが、季節の変化に敏感でした。桑村さんが気づいていなくても「ユスラウメが咲きましたね」と目を留めます。そんな日々を過ごしていくうちに、桑村さんは自身の変化を感じました。まず変わったのは体質。以前は口内炎がたくさんできていたのに、体調が改善しました。 高台寺和久傳で手伝いをしていたときは、食事は5分で終わらせたり、立って食べたり。お客さんに合わせるため、不規則な生活を続けていました。でも、お寺では前日から井戸水をくんだバケツに昆布を入れて出汁をとり、自分で育てた野菜を食べます。「本当の贅沢」とはこういうことなのではないか、と感じるようになりました。
さらに、お寺での生活は「パフォーマンスがいらない」のが心地よかったそうです。桑村さんが好きな裏方仕事に加えて、最小限で気持ちの良い挨拶や、心を込めた「ありがとうございます」といった言葉が大切にされる日々。思えば、京丹後から京都市中心部に出てきてカルチャーショックを受け、劣等感にさいなまれていたのだ、と気づきました。 桑村「ボロボロだったのに、逃げていった先が『洗ってくれる』というか『戻してくれる』場所だったのです。だから、ずっといられるな、と思ってしまって。親としては『泣いて出てくると思ってたのに、ぜんぜん帰ってこないぞ』という話になったんですよ」
「あんたには無理やな」と言われて
大徳寺に住み込んで2年が経ったころ、世の中はバブルの真っただ中でした。和久傳では高台寺に続く2店舗目の「室町和久傳」を開く話が持ち上がり、桑村さんは綾さんから「やってみないか」と声をかけられます。
でも、「やっと私の人生が私の選択で始まると思っていた矢先。その手には乗れないと思って」断りました。母と娘の間にはしばらく冷たい空気が流れますが、あるとき綾さんが捨てぜりふのようにひと言、「そうやな、あんたには無理やな」と言いました。 桑村「なぜかムカッとして『やる』と言ってしまった。いまなら『はい、無理です』って言うんですけど(笑)。まだ子どもだったんですよ、母の作戦だったのかもしれないですけどね。それで“娑婆(しゃば)”に戻ることになってしまうんです」 やると決めたからには、口を出さないでほしいと伝えました。開店資金には、1億5千万円の借金が必要でした。新店舗の開店を任されるということは、その責任を負うということです。 桑村「本当は、サザエさんみたいな家庭をつくるというのが夢だったんです。その憧れのサザエさんを目指すために借金をして、完済したらお嫁に行こうと心に決めました」