「本当の贅沢とは何か」 赤面症、引っ込み思案…京都の老舗料亭・和久傳の女将を大成させた「お寺修行」の気づき
桑村「裏方なら喜んでするんですけど、お客さまとお話をするというのは……。しかも『女将さん』というのは絶対に嫌なランキングのトップ。お寺、相撲部屋、旅館には絶対にお嫁に行きたくないと思っていました」 綾さんの期待に応えようとがんばっても、「100分の1もできない」。それでも、家業を継ぐことは当たり前だと考えていました。「なんとか和久傳が潰れてくれないかな、と思っていました」と笑って振り返ります。 ふと気づいたら大学の卒業も間近になり、「このままいったら既定路線。どこに行けば引き戻されにくいか」と考えます。そして、行き着いたのが“お寺”でした。 京都有数の禅宗寺院である大徳寺(京都市北区)の塔頭に、住み込みで修行させてもらうことにしたのです。桑村さんとしては「出家するぐらいのつもり」でしたが、両親は「どうせ音を上げて帰ってくるだろう」と思っていたのでしょうか。「行っといで」と快く送り出してくれました。
“拠り所”を求めてお寺で修行
桑村さんが逃げる先にお寺を選んだのは、子ども時代に経験した地場産業の傾きが影響していました。 桑村「子どものころはわかっていなかったけど、栄えていたものが駄目になっていったということが後からだんだんわかるようになってきました。時が経っても風化しない真理というか、変わらないもの、拠り所を求めている気持ちがありました」 大徳寺に入り、夏は午前5時半ごろ、冬は午前6時半ごろに起床する生活になりました。まず掃除をして、その後はお茶をたてていただきます。お経をあげ、お粥を食べ、畑仕事をしたり、「作務」と呼ばれる労務をしたり。寝るのは午前0時から0時半ごろ。若かった桑村さんは日中も常に眠かったそうです。 庭にいる亀にエサをやるという仕事もありました。エサは「6Pチーズ」です。 桑村「半信半疑でチーズを持って立っていると、上がってきはるんですよ。でも、ゆっくり上がってくるから、私はイライラして貧乏ゆすりして(笑)」