コーヒーで旅する日本/四国編|10年を経てなお増す徳島への愛着。洗練を重ねたメニューで街の日常に溶け込む「sumiyoshi4丁目 COFFEE STAND」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】スレイヤーのエスプレッソマシンは徳島で初導入 四国編の第24回は、徳島市の「sumiyoshi4丁目 COFFEE STAND」。店主の石さんは、徳島で学生時代を過ごしたことで、その土地柄に惚れ込み、関西でのバリスタ修業を経て自店をオープン。運河の畔にある店は、住宅街と学生街の交わるエリアにあって、新たな地元の拠り所として厚い支持を得ている。開店ほどなく自家焙煎をスタートし、コーヒーの提案もより多彩になり、手間を惜しまない洗練されたサイドメニューも、いまや界隈の日常に欠かせない存在に。移住して以来10年、街の魅力を感じてきた石さんの、徳島への愛着は今なお増している。 Profile|石大和(いし・やまと) 1983年(昭和58年)、神奈川県生まれ。学生時代を過ごした徳島の土地柄に惹かれ、当地でカフェの開業を目指して、卒業後は関西の料理専門学校へ。京都・大阪のカフェでギャルソン、バリスタとして経験を積み、2012年に徳島に戻り、とよとみ珈琲で焙煎を学びながら、「sumiyoshi4丁目 COFFEE STAND」をオープン。2019年、徳島県神山町に焙煎所も構え、ブレンドを中心に自店の味を提案する。 ■学生時代に肌で感じた徳島の土地柄に惹かれて 「徳島との縁ができたのは大学時代。進学先が徳島だったのは本当に偶然でしたが、住んでみるとこの地の風土がすごく肌に合ったんです」。そう話す、店主の石さんは神奈川県の出身。本来なら交わることもなかったかもしれない、徳島との思わぬ幸運な出合いがこの店の原点にある。「市内から山・川・海の自然が近くにあって、きれいな風景がすぐ側にある。出会う人がみんなおもしろいし、何よりここでは、自分を飾らなくていいから、リラックスして過ごせる。観光で来ただけでは見えないですが、住むのに向いている街。暮らしのベースはこっちがいいなと感じたんです」 学生時代にカフェの開業を志し、徳島で店を構えることを考えて、あえて関東には戻らず、関西で経験を積むことに。当時はまだ少なかった、エスプレッソマシンを扱える店を探して、京都では正統派フレンチカフェのオーバカナル、大阪では当時、多くのバリスタを輩出したシェーカーズカフェ ラウンジと、サービスの技術を磨いた。週末には徳島で開業の場を探して、自転車で街を駆け回り、目を引いたのが、運河沿いに立つ古いテナントだった。 店がある住吉界隈は、市街から外れた端っこながら、大学、住宅地、大小の商店がコンパクトに集まり、自転車があれば暮らせると言われるエリア。生活に便利で、学生からファミリーまでが混在している。「最終的に決めたのは直感でした。ここがコーヒー店だったらいいな、という絵がイメージできたんです」と振り返る。かなりの年季を経た物件だったが、「きれいすぎるより、アンティーク、ビンテージなどの使い込まれた感じが好きで」と、あえて飾らない雰囲気も決め手の一つとなった。 開店までバリスタとして経験を積んできた石さんは、当初、自家焙煎は考えていなかったとか。だが、豆を仕入れるつもりで訪ねた、徳島の人気店・とよとみ珈琲で思わぬ転機が待っていた。「開店の話をしにお店に行ったときが、偶然にも焙煎機を入れ替えたタイミングで。古い機体を使って豆を焼かせてもらえたんです。今思えば、このときに焙煎を始めてよかったなと思います。自分でやり始めたら、原料のことがすごくよくわかるんですね。味の調整もできるし、何より淹れるときに自信をもって勧められますから」と石さん。2012年、自家焙煎のカフェとして、「sumiyoshi4丁目 COFFEE STAND」はスタートを切った。 ■豆の風味からイメージを膨らませるブレンドの妙 開店して1年ほどは予定通り、とよとみ珈琲から豆を仕入れて営業をスタートし、2年目からは本格的に焙煎のレクチャーを受け、中古の機体は練習専用にしてもらって、日々経験を積み重ねた。以来、石さんにとって、店主の豊富さんは師匠でもあり、徳島における父のような存在になっている。その後6年を経て、2019年に神山町に念願の焙煎所を開設。ディードリッヒの焙煎機を導入し、独自の味作りに邁進している。 「神山町に住むようになって生活も変わったし、焙煎機も変えて味も変わった。よりクリーンで甘味を感じられるようになったと感じています」と石さん。現在の豆の品ぞろえの柱は4種のブレンド。創業以来の定番の4丁目ブレンドに月波、深山、さらに10周年を機に考案した山吹が新たに加わった。近年はシングルオリジンのみという店も珍しくないが、「自分はちょっと妄想癖があって(笑)。飲んだときのイメージから入って、豆の配合を考えるんです。シングルオリジンだと素材の個性が決まるから、自由な想像を表現できるブレンドが好きですね」 それゆえ、配合は都度変わるが、各ブレンドがもつ風味の印象だけはブラさないよう常に心掛けている。たとえば、取材時の4丁目ブレンドはエチオピア3、グアテマラ2の配合。滑らかな質感と共に立ち上る香りが実に華やか。繊細な甘味の余韻も清々しい一杯だ。ほか、芳醇な香味に神山町の森閑とした空気を感じる深山、優しい酸味に春の山のさわやかさを託した山吹と、いずれも石さんの体験を通して生まれたイメージを表現している。 ブレンドの個性を際立つドリップコーヒーもさることながら、バリスタ経験も長い石さんゆえ、エスプレッソを使ったアレンジラテも多彩。スパイスラテ、アイスオレンジラテなといった素材の取り合わせも思わず目を引く。とはいえ、目新しさを追うのではなく、飲み飽きないスタンダードに仕上げるのが石さんのモットー。「足し算で味を作るのは簡単ですが、単に特別なもの、変わったものでなく、ふとしたときに飲みたくなるのが理想」という通り、やみくもに素材を増やすのではなく、最小限まで組み合わせを引き算して洗練させることで、長く愛されるメニューとして続くことを目指している。 ■住むほどに魅力を増す街の新たな日常の一部に メニュー全体を見ても、カテゴリーは「コーヒー」と「トースト」だけ、といたってシンプルだ。ただ、だからこそ、一品にかける手間を惜しまず、完成度を高めることに腐心する。午前限定の提供で、モーニングやブランチとして人気のトーストも、名前からは想像できない彩りの鮮やかさに思わず目を見張る。皿に散りばめられた旬のフルーツは、食べやすさや味の感じ方によってカットを変えるという細やかさ。一品ごとにとことん磨きをかけたメニューは、この店の真骨頂であり、厚い支持を得る所以だ。 開店から10年を超えて、「初めのころより、随分肩の力が抜けました」という石さん。界隈にコーヒースタンドやエスプレッソ系のドリンクも珍しかった当初は、新たなコーヒーカルチャーを広げようとの気負いもあったが、「いまは無理せず自然体でコーヒー屋をしたいなと思えるようになりました。ライフスタイルに合わせて、街の日常の一部として、この店が馴染んでいけばいいなと」。穏やかな語り口には、新たな地元の拠り所として受け入れられてきた充実感もにじみ出る。 とはいえ、徳島にはじめて来たころに比べると、街の様子も大きく変わった。「大学にいたころはカフェがいっぱいあって、駅前もにぎやかでしたが、関西に6年いて戻ってきたらシャッターが目立ち、人がいなくなって寂しさを感じました。それでも、今またいろんなコーヒー店が増えてきたので、お客さんの選択肢が広がってきている。そこから街の新しい流れがうまれるかもしれないし、ここがそういう役割を担えたらいいなと思います」。偶然の縁に導かれ、住むほどに街の魅力を感じてきた石さん。徳島への愛着は今も増すばかりだ。 ■石さんレコメンドのコーヒーショップは「クエイル珈琲」 次回、紹介するのは、同じ徳島県石井町の「クエイル珈琲」。 「とよとみ珈琲で焙煎を教えてもらっていた当時、スタッフだったのが店主の井口さん。しっかり者で頼れる先輩で、お互い独立準備に向けて一緒に焙煎を勉強していました。お店はお遍路小屋みたいですが、井口さんの好きなものがぎゅっと詰まっている、宝箱のような場所。3坪しかないのに、焙煎機、エスプレッソマシン、豆やギフトの販売までちゃんと収まっているのがすごい。井口さんの大らかな人柄もあって、地元のお客さんに愛されている一軒です」(石さん) 【sumiyoshi4丁目 COFFEE STANDのコーヒーデータ】 ●焙煎機/ディードリッヒ2.5キロ(半熱風式) ●抽出/ハンドドリップ(ハリオ、オリガミ)、エスプレッソマシン(スレイヤー) ●焙煎度合い/浅~深煎り ●テイクアウト/ あり(500円~) ●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン2種、100グラム800円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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