東京都「AI婚活」の怖さ ──連載:松岡宗嗣の時事コラム
官製婚活の先にあるもの
民間企業であれば、結婚したくても出会う機会がない人に婚活サービスを提供することや結婚を応援することは問題ないだろう。しかし、行政に求められることは、子どもを産ませるために結婚を促すことではなく、少なくとも結婚や子どもを望む人にとっての障壁を取り除くことではないのだろうか。 経済的な要因で結婚や子どもを持つことが難しいという点に対しては、若者の所得向上や雇用格差の是正が必要だろう。仕事と家事、育児の負担の偏りなど、性別役割分業の是正も求められる。結婚という形をとらなくても、子を産み育てる上で法律婚のカップルと同じような保障や支援を受けられるよう制度を整えるべきではないだろうか。 一方で、現状は選択的夫婦別姓や同性婚など、既存の家族の形に当てはまらない人は制度から排除され、例えば女性同士のカップルで第三者の提供精子により子どもを持つ人も増えているが、現在議論されている生殖補助医療法では、病院での治療の対象から排除されようとしている。 結婚や妊娠出産を望む人にとっての壁をなくしたり、子どもを産み育てやすいよう選択肢を増やす方向ではなく、むしろ国家にとって好ましい家族の形にあてはまる人にだけ、子どもを産ませるため結婚を促すという方向の先には、何が待っているのだろうか。 つい先日、ロシアで「子どもを持たない主義」の宣伝を禁止する法案が国会で審議入りされるとの報道があった。メディアやSNSなどで子どもを持たないことを宣伝したら罰せられる可能性があるのだ。大統領報道官は「出生率を上げるためにできることはすべてやらなければならないし、それを妨げるものは我々の生活から消えなければならない」と語っているという。 あまりに極端だが、これは決して日本と無関係ではない。現在も残る刑法「堕胎罪」では、原則的に中絶は犯罪と規定されている。母体保護法によって例外的に中絶は認められているが、配偶者の同意が必要とされている。 学習指導要領ではいまだに妊娠の過程については教えないという「歯止め規定」があり、適切な性教育が阻まれている一方で、ライフプランニング教育では、異性愛を前提に、結婚や出産を礼賛する教育が行われているところも少なくない。 少子化対策をはじめ、国家が性や生殖に関する個人の価値観に介入し、コントロールしようとすることは人権侵害に繋がっていく。「性と生殖に関する健康と権利」の視点に立ち、国や自治体の「官製婚活」を批判的に見ていく必要があるのではないだろうか。
松岡宗嗣(まつおか そうし) ライター、一般社団法人fair代表理事 1994年、愛知県生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する「一般社団法人fair」代表理事。ゲイであることをオープンにしながらライターとして活動。教育機関や企業、自治体等で多様な性のあり方に関する研修・講演なども行っている。単著『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など。 文・松岡宗嗣 編集・神谷 晃(GQ)