冷戦終結後のアジアと日本(2) 「普遍的」な社会科学の政治性を考える:山田辰雄・慶大名誉教授
西洋の民主主義の根源/中国の権威主義的政治の根源
川島 現在、中国は世界第2位の経済大国に躍進しました。その中国をどう見るのかということが現在のアジア研究の中心的課題の一つになっているように感じますがいかがでしょうか。 山田 「中国といかに向き合うかというようなテーマ」は、政治的には意味があります。けれども、それが学問的にどういう意味があるのでしょう。どうも最近のアジア研究は、特に台頭する中国にどう向き合うのかという問題意識が先行していると思います。やはり現代のアジア研究は、そのような政治的な分断からもう少し自由になっていい。学問は政治ではないのだから、もう少し自由にやっていいと思います。 そうすると、分断された両方の社会がどうして生まれてきたのかということを、より客観的に分析してみる必要があるだろうと思います。つまり、西欧の民主主義が生まれてきた根源を探ると同時に、どうして中国とかその他の地域で権威主義的な政治や体制が生まれてくるのか。共通の価値観ではなくてそれらからより自由になって、なぜそういうものが生まれてくるのかということを客観的に分析することによって、われわれは社会レベルでの対話ができるのではないか。そこに社会科学あるいは世界の普遍的な価値というものをこれからわれわれは見出して、それを作り出していかなければならないのではないでしょうか。 私が見るところでは、現在、アジア研究があまりにも政治化されています。政治の問題と無関係ではありえないというのは分かりますけれども、学問はもう少し違った面で人間社会の自律的な発展に貢献できるのではないだろうかと思うのです。そういう意味では、学者はストイックになった方がいいと思います。 インタビューは、2022年9月26日、東京・虎ノ門のnippon.com で実施した。また、『アジア研究』(69巻3号、2023年7月)にインタビュー記録の全体が掲載されている。
注釈
(※1) 銭其琛『外交十記』(世界知識出版社、2003年)、日本語訳は銭其琛著・濱本良一訳『銭其琛回顧録:中国外交20年の証言』(東洋書院、2006年)。 (※2) 余英時(1930-2021)は天津生まれの中国史、思想史研究者。ハーバード大学で博士学位を取得後、ハーバード大学教授などを歴任、世界の中国史研究を牽引した。その著書『中国近世宗教倫理與商人精神』(聯経出版事業公司、1987年)は邦訳されている(余英時著・森紀子訳『中国近世の宗教倫理と商人精神』平凡社、1991年)。
【Profile】
山田 辰雄 YAMADA Tatsuo 慶應義塾大学名誉教授。専門は中国近代政治史。1938年生まれ。同大学法学部教授、放送大学教授を歴任。1991-1993年にアジア政経学会理事長。