国際舞台と総理のスピーチ力:田坂広志の深き思索、静かな気づき
聴衆の期待を引き出す力
第4は、聴衆の期待を引き出す力。昔から「スピーチの極意は、聴衆に期待をさせることである」との名言があるが、その一つは、難しい重要なテーマを、鮮やかな切り口で語り、聴衆に納得させる力であり、そのことによって、「このリーダーは、次に何を語るだろうか」と期待させる力である。 この点で並外れていたのは、元英国首相のトニー・ブレアであった。彼が、「First of all!」(まず、第一に!)と語り始めれば、多くの聴衆は「彼は、このテーマについて、どのような意見を述べるだろうか」と期待に満ちて聴き入った。 第5は、聴衆を呑む胆力。どのようなプレッシャーの中でも決して緊張することなく、場に呑まれることなく、腹を据えてメッセージを語る力である。 この点で驚くべき胆力を示したのは、フランス大統領、ニコラ・サルコジであった。リーマン・ショック直後のダボス会議で、金融関係の参加者が多いことを知りながら、「世界の金融業は強欲だ!」と言ってのけ、会場がシーンとした状況を見て、「おや、拍手が少ないですな」と抜け抜けと語り、拍手を引き出した姿は、「さすが、タフなサルコジ!」という強い印象を与えた。 以上が、国際舞台で国家リーダーに求められる、5つのスピーチ力であるが、本稿を読まれて「日本の政治家は大丈夫か」との懸念を抱かれる読者も多いだろう。然り、その懸念は正しい。しかし、それは英語力の問題でも、国際経験の問題でもない。 究極、その政治家の人間力の問題なのである。 田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、21世紀アカデメイア学長。多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。元内閣官房参与。全国8600名の経営者が集う田坂塾塾長。著書は『人類の未来を語る』『教養を磨く』など100冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp
田坂 広志