父から母への暴力、1人で泣き…自身の境遇明かし打ち解け 困難抱える子どもの支援30年続ける元警官
「肩書ではなく、人対人で関係を作る」。警察官時代から30年以上、困難を抱える子どもの支援に奔走してきた桑原宏樹さん(64)=佐賀県伊万里市=は胸に刻む。原点は、不安定な家庭環境で育った自身の境遇を明かして少女と打ち解けた経験だった。15日、佐賀市の民生委員約400人を前に講演し「組織を超えて地域みんなで力を合わせよう」と呼びかけた。 【写真】子どものシェルターを案内する桑原宏樹さん 桑原さんは2021年に県警を定年退職するまで、少年事件の捜査や非行少年の立ち直り支援に長く携わった。虐待を受けた子のシェルター施設長を経て、ひきこもりや非行などの困難がある若者を支援する県内の認定NPO法人「スチューデント・サポート・フェイス」相談員を務める。 非行少年と関わり始めたのは1993年、佐賀署(当時)の少年係としてだった。ある時、傷害事件を起こした暴走族の少女たちに反省の色がうかがえず、「なんでおれの気持ちが分からないのか」としかると「じゃあ私の気持ちを言ってみて」と返された。 「立件に必要なことしか聞かず、彼女らが抱えた孤独を知ろうともしなかった」。反省から、まずは1人の人間としての自分を知ってもらおうと思い切った。 幼い頃、父が酒を飲んで母に暴力を振るったこと。1人で泣き、木刀を握って気持ちを落ち着かせたこと-。 家族や友人との関係で悩んでいた少女たちは徐々に心を開くように。「話を聴いてくれてありがとう」との手紙をもらった。現在も交流しているという。 非行少年も被害者も孤立させたくない。そんな思いで、料理やごみ拾いなどを通した彼らの居場所を定期的に設けた。行政関係者に「非行に走った子と被害経験のある子を一緒にして問題が起きないか」と懸念されたこともあるが、「たどれば皆さみしさを抱えて居場所をなくした子どもたちだ」と切り返したという。 退職後のシェルター運営では家庭的な雰囲気作りを心がけた。職員には出勤時に「ただいま」、退勤するときは「行ってきます」と声かけするよう頼んだ。入所時は「大人を絶対に信用しない」と心を閉ざした少女は「こんな大人たちがいるなんてうれしい」と巣立ったという。出た後もフォローは継続し、どんなときも相談に乗る。 時に失敗もある。つい先回りして正論を言ったり、話をさえぎったりして「いっちょん話聞かんよね」と怒られることも。禁句と肝に銘じるのは「その気持ち分かるよ」。同じ体験をしても生きてきた環境が違えば感じ方も人それぞれだ。「分からないから教えて」と素直に問いかけている。 地域が連携する重要性を感じ、少年の居場所作りの場には保護司や地域ボランティアを招いた。民生委員の協力で、シンナーを使う子の父親と接触を果たしたこともある。「行政だけでも、地域の人だけでもできることには限界がある。手を携えることで大きな目標が達成できる」 桑原さんは講演を通じて、子どもやその家族が孤立しないよう、地域全体で見守る重要性を訴えた。 (田中早紀)