入場料2530円の本屋が話題 「本を買う」だけでない、一風変わった本屋の「納得の体験価値」
ユーザーをノイズから守ることが、提供価値の最大化につながる
このような「一風変わった店」に共通するのは、本好きたちのニーズに対して愚直なまでに向き合っていること。「ユーザーにとってのノイズや障壁を取り除くことに振り切った」と言うこともできそうです。 入場料を取ることで、あえて人を選んで混雑を発生させない。オーダーするたびに席料が安くなる料金プランにすることで、長く居座ることの申し訳なさを防ぐ──。 ユーザー体験を最大化するために、あの手この手の「一風変わった」仕組みによって、ノイズから守っているのです。 ビジネスを考える上で、新規事業のアイデアを具体化しようとすると、「こんな機能も欲しい!」「こんなこともしてみたい!」という目新しい発想に行き着いて、本当に届けたい価値を届けきるための工夫を見落としがちになることもあります。 いつでもどこでも本が手に入るようになったからこそ、本屋は本のラインアップを充実させるなどの基本的な営みはもちろん、ユーザー体験を最大化する工夫を施すのも大切な観点になるでしょう。余計なノイズを取り除いてあげることは分かりやすい手段だと考えます。 逆にユーザーにとっても、サービスのコンセプトが明示され、コンセプトを実現するための環境をしっかりと整えれば、通常よりも高い料金でも使いたくなる。つまり、ユーザー体験に価値を感じてくれるでしょう。
「お客のため」は「本屋のため」に、それは結局「お客のため」に
ここまで、本好きな人(ユーザー)に向けて、その本屋体験の価値を最大化する上で、一風変わったユーザーを守るための仕組みがあることをお話ししてきました。しかし、それらの仕組みは決して本好きなお客だけのためにあるものではありません。 入場料制やオーダーするたびに席料が安くなる仕組みは「本が好きな人たちの体験価値を最大化させながら、書店側のビジネスにも寄与する」というWin-Winの構図を生んでいます。 付加価値を高めて、提供する価格も上げる。ビジネスとしては理想的な姿ですが、価格上昇がユーザーに受け入れられずにとん挫するケースは少なくないでしょう。今回ご紹介した仕組みは「本が大好きな人」にユーザーを絞り、彼らの体験を第一にサービスを構築したからこそ成立したものです。 「サービスデザイン」をする上で大切になるのは、お客の体験だけでなく、サービス提供側、今回では書店側の体験も描くこと、そしてそれらが相反しないよう、うまく循環するような全体像を設計することです。 ユーザーにとってうれしい仕組みが、店側の商売にも影響する。店側の商売が安定しているからこそ、ユーザーは遠慮することなく長居したり楽しめたりする。提供側の価値を最大限に享受できているというわけです。これはまさにサービスデザインのお手本のような仕組みですし、し好性の強い領域だからこそ、その想いを邪魔させないためにもビジネスモデルは重要といえるでしょう。 ペルソナをしっかりと決め、商品そのものではなく、商品にまつわる体験もセットで考え、それがうまく回るようなビジネスモデルを検討する。「一風変わった本屋」と言いつつ、その仕組みは至って真っ当。今後の書店の一つのトレンドになりそうです。
著者紹介:高階有人
株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト/サービスデザイナー。大手SIerにてシステム開発やデジタルビジネス企画を経験。その後コンサルティングファームにて、官公庁向けのITコンサルティングや調査研究に従事。2021年にグッドパッチに入社し、現在はクライアント企業の事業変革やイノベーション創出を支援。暮らしや仕事になじんでいくサービスを生み出すことを信条としている。趣味は音楽とアイスランド。
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