死を待つだけの悲しい境遇の老犬…保護して芽生えた「看取りの心」【杉本彩さんコラム】
私が看取る…里親としての決意
私は、センターに入ってまだ間もないこのパピヨン犬について、いろいろ思いをめぐらせたことを従姉妹に話した。夜は人がいなくなる行政のセンターで、介護が必要な犬にしてあげられることには限界がある。どんな最期を迎えるのか、それを思うと、とても胸が痛んだ、と。すると、従姉妹から思いもよらない答えが返ってきた。「私がその子を看取りたい」 と。とても強いまっすぐな視線で、その言葉には何の迷いもなかった。 その後、家族の同意を得て、従姉妹はセンターを何度も訪ね、正式譲渡となり、15歳のパピヨン犬の里親になった。これからたくさんの幸せが訪れるように、幸せとは無縁であったろう年月を取り戻せるくらい福が来ることを願い、「大福」 と名づけられた。 愛犬を看取るのが怖い、別れの悲しみを乗り越える自信がないといつも泣いていた従姉妹が、近い将来看取らなければならない犬を迎えるという、心の変化には驚いた。おそらく、3月に旅立った私の愛猫クロを、従姉妹が一人で看取ってくれた、その経験からだと感じている。看取りという、その命が終わる瞬間に、彼女は初めて立ち合った。私が東京で仕事を終え、その報告を受けたのは新幹線の中。泣きながら連絡があり、私が京都の自宅に戻った時には、従姉妹はふらふらの放心状態。心と体からすべての力が奪われてしまったように見えた。けれど、とても大切な、とても重大な役目を果たせたという、悲しみの中にあっても、自分を信じる気持ちが生まれたようにも感じた。 ■「死」と向き合う覚悟 動物保護活動の中でも、里親への譲渡が難しい高齢や重い疾患がある時、保護した人や団体が看取ることになる。それを専門的に行う希少な団体の存在も知っている。里親になるという選択においても、「看取り」 を前提とするのは簡単なことではない。「死」 と向き合うというのは、とてもエネルギーを必要とする。心の痛みを伴うし、自らの力の限界を感じたり、日々、心が動かされるものだ。 従姉妹が大福を迎えてから間もなく3ヶ月になる。体に染み付いた獣臭も消え、表情もすっかり明るくなり、弱っていた足腰は見違えるほどしっかり立てるようになった。痩せて浮き出ていた肋骨も見えないくらいになっている。手作りの美味しいゴハンに変わり、食欲も増したようだ。ゴハンの時間になると、料理している匂いに食欲がそそられるのだろう。尻尾をピンと立てて、空中の匂いを嗅ごうと鼻をクンクンさせる。センターでは食欲にムラがあり、よく残すこともあったそうだが、環境が変わり愛情たっぷりの美味しいゴハンが出てくれば、食欲も増し、すごい勢いで食べる。 美味しいという食べる喜びを感じるのは、動物も同じ。食事が変わり、日々のお手入れで毛艶もよくなり、今では家族を見分けることもでき、最近は甘えるようになって、撫でてほしいと催促までする。大福の体には、まだまだ過酷だった長年の影響が残っているが、少しでも快適に暮らせるよう、従姉妹はさまざまな工夫を凝らし、毎日全力で奮闘している。そんな彼女の尊い選択と行動に、私は心から敬意を感じる。そう遠くない将来の、大福との別れを考え、毎日その悲しみの感情と戦っているようだが、少しずつ変化する大福の姿に、この上ない喜びも感じているようだ。未来の別れを想像しすぐに涙をこぼすが、私は、その愛が人を強くすることも知っている。だから、きっと大丈夫、その日が来るまで、ただただ全力で愛せばいい。そして、いつかその時が来たら、その悲しみにとことん寄り添ってあげたいと思う。(Eva代表理事 杉本彩) × × × 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。