恐れていた事態が起こった「中国の不動産業界」…中国で「完成はしたけれど住む人がいない」マンションが急増
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』に紹介されている新語・流行語・隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
爛尾楼(ランウェイロウ)
古代から漢(おとこ)たるもの、「五子」を目指した。すなわち「金子(ジンズ)、房子(ファンズ)、車子(チャーズ)、女子(ニュイズ)、児子(アルズ)」(財産、屋敷、籠車、美女、息子)である。 20世紀の末に、朱鎔基首相が大胆な国有企業改革を断行。それまでの社宅制度を改め、「家は自分で買ったり借りたりするもの」という「新常識」を国民に植えつけた。 直後の2001年、中国は16年もの交渉の末にWTO(世界貿易機関)への加盟を果たし、世界の貿易ルールに従うことになった。それを機に多国籍企業の中国進出ラッシュが起こり、トヨタも2002年に天津で自動車生産を始めた。 こうして21世紀に入って、「房子」と「車子」が復活した。すなわち、全国で空前の「マイホーム&マイカーブーム」が巻き起こったのだ。 私は2009年から2012年まで、北京に住んでいたが、当時は日々そこここで、高層マンションの販売所が特設されていた。私はそうしたモデルルームを見学するのが好きで、計50軒以上は覗いた。休日ともなるとどこも大賑わいで、販売所の一角では、日本円にして数千万円単位の現金が飛び交っていた。 中国のマンション売買というのは、一般に「モデルルームだけの段階」で全額支払って購入し、不動産業者は購入者から集めた資金で建設していく。購入者は、一括払いできなければ頭金だけ自己資金で払い、残りは銀行の住宅ローン(住房貸款(ジューファンダイクアン))を組む。 中国の住宅バブルは、「GDPの25%を担う」と言われた。まずマンションを建設するのに、大量の鉄鋼やセメント、ガラスなどを使用する。客は購入すると、家具や電気製品などを次々に購入する。 そしてマンション群の周囲には、コンビニ、スーパー、レストランからスポーツジム、映画館まで、様々な商業施設がオープンする。日本の約26倍もある国土で、おしなべてこうしたことを行ったため、中国経済は飛躍的に成長したのだ。 北京駐在員時代、私はひと月に一度は地方出張へ行っていた。地方都市も建設ラッシュに沸いていて、ピカピカの高層マンション群がお目見えしていた。国が成長するとはこういうことかと、実感したものだ。 だが、光があれば陰もある。地方出張の際、あれっと思う光景を目にすることがあった。新築マンションの入り口が閉鎖されていたり、壁面のコンクリートの一部がヒビ割れていたり、夜になると電気がついていなかったり……。 2010年くらいから、「完成はしたけれども住む人がいない」というマンションが話題になりだした。河北省の唐山や内蒙古自治区の鄂爾多斯(オルドス)のように、市の郊外に広大なニュータウンを建設したけれども、その計画自体が頓挫してしまったという都市も現れた。いわゆる「GDPの無駄使い」だ。 こうしたマンション群を指して、「鬼城(グイチェン)」という新語が生まれた。英語のゴーストタウンの中国語訳である。 ネット上には「鬼城迷(グイチェンミー)」(ゴーストタウンマニア)なるヒマな種族まで現れた。全国の「鬼城」を探し歩いては、写真に収めてアップする。「鬼城迷」の間では、「十大鬼城」「二十大鬼城」などと盛り上がっていた。 だが当時は、GDPが毎年、十数パーセントも成長するバブル経済の真っ只中である。時たま「鬼城」が生まれても、ネット上で笑っていられるのどかな時代だった。 それが2013年、「泣く子も黙る」習近平時代に入ると、状況は一変した。「トラ(大幹部)もハエ(小役人)も同時に叩く」をスローガンに、大規模な粛清が始まったのだ。「腐敗分子」のレッテルを貼られた幹部たちが、次々と失脚していった。その数、5年間で153万7000人! 私たち日本の駐在員はそれまで、中国社会にはびこる賄賂を「中国の特色ある消費税」と呼んでいた。賄賂は悪に決まっているけれども、「消費税」を上乗せすれば物事はトントン拍子に進んだ。 それが習近平時代になって、そうした「潤滑油」が消えたため、官僚たちは不作為に走り、経済は停滞した。かつ皮肉なことに、「鬼城」は急増したのである。 2015年夏には株価が暴落したり、為替が急落したりして、「鬼城」はどの都市でも「風景の一部」と化した。ただし、「鬼城迷網(ワン)」(ゴーストタウンマニアのサイト)は雲散霧消した。 ともあれ習近平政権は、「鬼城問題」の解決に向けて、2016年から「供給側構造改革」という新政策を実施した。具体的には、「三つの除去と一つの下降と一つの補強」(生産過剰、在庫過剰、金融リスクの除去、生産コストの低減、脆弱部分の補強)というもので、全国のマンション在庫をなくすよう指令が下った。 そのための方策として、「一家で一軒」の方針が徹底されるようになった。同年末の中央経済工作会議(翌年の経済方針を決める重要会議)で、習主席は「家は住むものであって、投機するものではない」(房子是用来住的、不是用来炒的)と強調。習主席はこの言葉を、2017年10月の第19回共産党大会のスピーチでも力説し、流行語となった。 だが、問題はさらに悪化した。必死にマンション価格の高騰を抑えても、庶民の年収の何十倍もするので、やはり「高嶺の花」なのだ。また投機を禁じたせいで、在庫はさらに積もってしまった。そして2020年にコロナ禍がやって来た―。 2021年秋、ついに恐れていた事態が起こった。広東省に本社を置く中国不動産業界2位の「恒大グループ」の資金繰りが悪化したのだ。 恒大の2020年の売上高は5072億元(約10兆1440億円)に上っていた。中国280ヵ所以上に支部を持ち、従業員20万人。2021年の「フォーチュン・グローバル500」(世界500大企業)で122位の巨大企業だ。河南省の貧困層から身を起こした創業者の許家印会長は、「広州の皇帝」と崇められ、中国で一番人気のプロサッカーチーム「広州恒大」(現・広州FC)も保有していた。 許会長の言葉で最も有名なのは、「買買買(マイマイマイ)、合合合(フーフーフー)、圏圏圏(チュエンチュエンチュエン)、大大大(ダーダーダー)、好好好(ハオハオハオ)」。「買収と合併によって仲間(圏)を増やして大きくなり、好くなっていく」という意味だ。各字を三つ重ねにしているところが、イケイケドンドンの許会長の性格を表していた。 そんな恒大が突然、破綻の危機を迎えてしまったのだ。破綻すれば「中国版リーマンショック」になる可能性があった。中国政府も焦り、不動産から電気自動車まで8部門ある恒大グループを解体して他社への買収を誘導するなど、ソフトランディング化を図った。 ところが不動産業界では、「25社リスト」なるものが出回った。恒大のようにいつ破綻してもおかしくない業界大手・中堅の会社が、25社もあるというのだ。私もそのリストを入手したが、そこには25社の詳細な内部事情が記されていた。 さらに2022年になると、住宅ローンの返済拒否運動が顕在化した。不動産会社の資金繰りが悪化して、マンション建設を途中で放棄してしまうケースが相次いだ。これに怒った購入者たちが、銀行へのローン返済を拒否するというものだ。 蒼くなったのは銀行である。中国人民銀行(中央銀行)によると、同年6月末時点での個人向け住宅ローン残高は38兆8600億元(約777兆円)で、全貸出残高の約2割を占める。うち2兆元(約40兆円)が返済拒否に遭うリスクがあると、中国で最も伝統がある広発証券が試算したのだ。 というわけで、「爛尾楼」という新語が生まれた。「爛」は「腐る」、「尾」は「おしまい」、「楼」は「マンション」。直訳すると「おしまいが腐ったマンション」―1年以上にわたって工事がストップしているマンションのことを指す。 「あなたの家の周りに『爛尾楼』はないか?」―SNS上でそんな問いかけが起こると、たちまち全国各地から「ある、ある」との回答が殺到した。 中国自体が「爛尾国」とならぬことを。
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)