就職氷河期世代が驚く「人手不足で賃金が上がっている」日本の現実
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】日本には人が全然足りない…データが示す衝撃の実態 なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に…… ベストセラー『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 物価が上がり始めてしばらく経つが、未だに慣れない。買い物中にあれこれと商品を眺め、値札を見ては自分の感覚が現状に追いついていないことを実感する。とはいえ、おそらくは馴染むしかなく、むしろもっと上がっていくのだろう。その諦めにも似た予測は、実際の数字の上ではどうなのか。現状を知りたくなって、本書を広げた。 著者は執筆の目的を「これから迎えることになる人口減少時代において、日本経済の構造がどのように変化していくかを予想すること」にあるとし、その軸足についてこう語る。 本書の特徴として、労働市場を起点に経済全体の構造を捉えているということがあげられる。これは労働市場の分析が私の専門であるからという点が大きいが、これまでの日本経済の状況を理解するうえで、労働市場を起点として考える方法が結果として、最もあてはまりが良かったと感じるからでもある。 1985年生まれの著者は、一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省で社会保障制度の企画立案業務などに従事した。内閣府では官庁エコノミストとして『経済財政白書』の執筆を担当したのち、三菱総合研究所のエコノミストを経て、現在はリクルートワークス研究所の研究員・アナリストとして勤務している。多忙な日々の中、2022年には本書と同レーベルである講談社現代新書から、『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』を出版。10万部を超えるベストセラーとなった。 本書は3部構成となっている。第1部では統計データの分析を基に、近年の人口減少が日本経済にどんな構造変化をもたらしたのかを、10の項目に分けて挙げていく。たとえば変化5の「賃金は上がり始めている」や変化8の「膨張する医療・介護産業」については、ニュースで見聞きしている方も多いだろうし、わが身で実感している方もいるだろう。一方で意外だったのは、変化4の「正規化が進む若年労働市場」だ。 非正規雇用者は過去からずっと右肩上がりで増加してきたが、近年ではやや減少傾向に転じている。非正規雇用者数は2019年に2173万人で過去最高を記録、その後2023年には2112万人と若干減っている。結果として、非正規雇用者比率は2019年の38.2%から2023年には36.9%に低下している。 考えてみれば当然のことだった。獲得できる人材が少なくなれば、企業はより良い条件を出して迎え入れるしかない。氷河期世代の身からすると隔世の感がある。実際私の周りでは、本人が希望したわけではなく、当時の状況からやむを得ず非正規の道を選び、今も同じ働き方を続ける人がいる。だが現状において、そういった選択は急速に減っていると著者は指摘し、非正規雇用の今を以下のように分析する。 労働市場の環境変化に応じて、企業側も行動を変え始めている。人手不足がさらに深刻化する将来に向けて、長期的な就労を見込める若い人たちを中心にフルタイムで働く意思のある人は正規雇用で優先的に確保してしまおうと企業側も戦略を変えているのである。こうした労働市場の構造変化は、非正規雇用比率の平均値だけをみていては見誤る。高齢労働者などが増える中で全体としては短い時間で働く人が増加しやすい環境にあるなかで、丁寧にみていけば非正規雇用のあり方は大きく変わってきていることがわかる。 「もっと早く変わってくれていたら……!」と地団駄を踏みたくなるが、それでも変化が起きたこと自体は喜ばしい。著者によれば、非正規雇用者の処遇改善も進んでいるそうで、賃金上昇のスピードは正規雇用者よりも非正規雇用者の方が速いという。生まれる時代を選べなかった分、ずっと苦しい思いをしてきた人たちにも、現在の変化がより良く作用してくれることを切に願う。 続く第2部では「機械化と自動化」と題し、AIやIoT、ロボットなどに代表されるデジタル技術の活用と、それによる業務効率化や生産性の向上の実例が紹介されている。具体的には、建築や運輸、販売関連などの身近なサービス関連の職種のほか、ホテルや医療、介護の現場における事例が紹介されていた。たとえばある特別養護老人ホームでは、業務の15%を占める見守りと巡回業務を、こんな形で改善している。 「フロース東糀谷(ひがしこうじや)」では、膀胱(ぼうこう)の尿量などから排尿のタイミングを予測して通知するデバイス「DFree Professional」(DFree)、マットレスの下に敷いて眠りの深さ・ベッドでの状態・バイタルを計測するシート「眠りSCAN」(パラマウントベッド)を利用している。こうしたセンシング技術により、利用者の排尿のタイミングや眠りの深さなどを施設の管理室などから把握できるようになり、適切なタイミングでトイレに誘導できることが増えたという。 もうここまで進んでいるんだ!という驚きと、心強さを同時に感じた。すべての業務を機械化することは難しいにせよ、最新技術を活用することで職員の負荷を減らし、別の業務に注力できるようにすることは、他の企業や分野にとっても死活問題だろう。少ない人手でいかに効率よくサービスを提供していくのか。今後、可能性の模索と研究が続く分野といえる。 最後となる第3部では、日本経済の先行きに関する8つの変化が予想されている。私たちがこれから迎えるであろう未来を、少しでも早く知るために。図表やグラフ、写真も多く収録され読み応えたっぷりの本書を、ぜひ手に取ってほしい。
田中 香織