勝者はイーロン・マスク?──堤伸輔が検証するアメリカ大統領選挙
11月5日に投開票された米大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプが勝利を収めた。国際事情に詳しい堤伸輔はこの結果に狼狽えたという。なぜか? 【写真を見る】トランプとマスクがタッグ!
まさかのトランプ勝利
アメリカ大統領選の勝者はイーロン・マスク。そう思っている。 もちろん、当選者はドナルド・トランプだ。民主党候補の副大統領カマラ・ハリスを獲得した選挙人の数でも一般投票でも上回り、投票日の翌日には早々と勝敗が決した。 私はうろたえた。ハリスが僅差で勝つのではないかと思っていたからだ。もしトランプが勝てば、アメリカも世界も「4年という貴重な時間を失うことになる」と、出演するテレビ番組でもコメントしていた。接戦になるのは間違いないと見て、こんなに早く結果が判明するとは思っていなかった。2000年のブッシュvs.ゴアの大統領選では、票数の確定までもつれにもつれ、投票から36日もかかったが、今回はトランプという「負けを認めない性癖」の人物が絡むだけに、もっと揉めることもありうると踏んでいた。トランプ敗北となったらそのまま暴力的な対峙が始まることすらなくはない、と。 あまりにあっさりと結果が出て、日本のメディアにも慌てたところが多かったはずだ。「大接戦が続く」という前提で開票状況を報じる準備をしていたのだから。もちろん、番組を作ったり記事を書いたりはしやすくなった。ただ、トランプ当選を期待していた(たぶん少数派の)メディアを除けば、結果判明を知らせる画面や紙面からは「こんなことになるとは……」という驚きと狼狽が伝わってきた。 狼狽したのはアメリカのメディアも同様、いや、それ以上だ。そもそも今回、多くのメディアが、両候補のどちらを支持(endorse)するかを明確にしていなかった。ご存じのように、欧米の新聞や雑誌などは、選挙で特定候補への支持表明をすることが多い。しかし今回は違った。「ニューヨーク・タイムズ(NT)」は9月30日の社説でハリス支持を明らかにしたが、「ワシントン・ポスト(WP)」や「ロサンゼルス(LA)・タイムズ」は10月25日まで迷った末に「支持表明を見送る」と発表。WP紙が支持表明を避けたのはこの36年間で初めてのことだった。むろん、すんなりそうなったわけではなく、WPでもLAタイムズでも複数の論説委員たちが表明回避に抗議して辞任した末に、それぞれのオーナーが断を下すという騒ぎがあった。全米で「USAトゥデー」など約200媒体を発行する「ガネット」もあとに続き、10月29日に「支持見送り」を公表した。 トランプ当選に備えて用心深く「敵に回る」のを避けた各メディアだったが、それにしても結果には衝撃を受けたに違いない。逆にトランプ支持派はどうだったかと言えば、ケーブルテレビの「FOXニュース」は常々からトランプ支持としか思えない放送をしていたし、新聞でもFOXと同系列の「ニューヨーク・ポスト(NP)」などトランプ支持を明確にした(10月25日)ところもあった。そして、当選を祝福したのも言うまでもない。 しかし、支持が正しかったかは、これから思い知らされることになる。来年1月20日の就任式を前に、トランプは閣僚など重要ポストの任命を急いでいるが、ロバート・ケネディ・ジュニアを保健行政を担う厚生長官に指名したことに、NP紙は早くも動揺している。ケネディは、ワクチン懐疑派の急先鋒であるだけでなく、さまざまな陰謀論の信奉者としても知られる。農薬や遺伝子組み換え作物の危険性も訴えてきたが、彼の言説の多くは科学的な議論を大きく踏み越し、陰謀説に囚われたものだと見做されている。その人物が厚生長官になり、トランプから“やりたい放題”を認められて何をするか、NP紙ならずとも身震いしたくなるだろう。ちなみにNPは、マット・ゲーツの司法長官への任命人事についても批判している(注・この人事には共和党内からも反対が相次ぎ、11月21日、本人が辞退するに至った)。トランプ本人に対する支持をいつまで続けられるかが見ものだ。